
ようこそ、「読む製菓学校」sweets.noteへ。ここは、レシピだけじゃなく「なぜそうするのか」を一緒に考える場所。第1回は、校長・イシキ校長の「原点」となった、ある事件から始まります。

えっ、校長!最初から「失敗談」でいくんスか!?

ああ。あれは……職人として、少しずつ自信がついてきた頃の話だ。
あの夜のこと
職人として、少しずつ自信がついてきた頃の話だ。
依頼は、ウェディングの引き菓子。パウンドケーキ、100台。
当時の私には、それなりのキャリアがあった。10年間、ホテルの厨房で毎日生地を触り続け、「焼き上がりの感覚」は完全に体に染み込んでいると思っていた。だから、油断していた。
仕込みは、いつもの流れで進んだ。バターを泡立て、卵を加え、粉を合わせる。そしてオーブンへ。
——焼き上がったのは、膨らまず、色も白く、石のように硬い「何か」だった。
パウンドケーキではなかった。私が知っているものでは、絶対になかった。
心臓の音しか、聞こえなかった。
100台分の材料。100台分の時間。そして、花嫁と花婿から預かった100台分の「信頼」が、白く冷たくトレイに並んでいた。
原因はすぐにわかった。砂糖を、入れ忘れていたのだ。
「感覚だけのプロ」の限界

砂糖って……甘くするためだけじゃないんスか? 入れなかっただけで、あんなに変わるもんなんですか?

「だけ」じゃないのよ、カケル。砂糖はお菓子の骨組み。甘さは、その一面にすぎない。
砂糖には、製菓において欠かせない4つの役割があります。
① 焼き色をつける(カラメル化・メイラード反応):砂糖が熱を受けることで、あの美しいきつね色が生まれます。砂糖がなければ、生地はいつまでも白いまま。
② 水分を保持する(保水性):砂糖は水分を抱え込む性質を持っています。これがあることで、ケーキはしっとり仕上がります。砂糖なしでは、硬くパサパサに。
③ 生地を膨らませる(クリーミング効果):バターと砂糖を泡立てる工程で、砂糖の粒がバターに細かい空気を含ませます。この気泡が、ふわっとした食感を生み出します。砂糖がなければ、空気は生まれません。
④ 日持ちをよくする(防腐・抗菌):砂糖は水分活性を下げ、細菌が繁殖しにくい環境を作ります。

理論を知っていれば、生地の状態を見た時点で異変に気づけた。「なんか変だな」で止められた。でもあなたは「感覚」だけで動いていたから、オーブンに入れるまで気づけなかった。

……そうだ。反論できない。
「魂を売らない」ということ
100台のケーキは、作り直した。
式の前日、深夜まで。時間も材料も体力も使い果たして、ようやく「本物のパウンドケーキ」が100台並んだ。
誰かに謝るより先に、まず作り直す。それだけは、ぶれなかった。
あの白い失敗作を見つめながら、私は一つのことを決めた。「感覚だけで作るのをやめる。理論を、ちゃんと自分の言葉にする」
お菓子を「なんとなく」で作ることは、お客さんへの誠実さを欠くことだと、あの夜の私は学んだ。
sweets.noteは、そんな「理論と誠実さ」の履修届です。華やかなレシピより、「なぜそうするのか」を一緒に考えること。失敗を隠すより、失敗から学んだことを正直に伝えること。AIが最適解を出す時代だからこそ、私の「偏愛」と「失敗の記録」に、意味があると信じています。

「魂を売らない」——それが、このブログの一番根っこにある言葉です。校長の正直さと情熱、受け取りました。
締め

フォッフォッフォ。100台の失敗が、100の智慧に変わったわけじゃな。儂が長年厨房で見てきた中で、失敗を糧にできる者だけが、本物の職人になる。……さあ、授業を始めようか。覚悟はよいか?

覚悟はできてます!よろしくお願いしますっ!

読んでくださっている皆さん、ようこそ。一緒に、お菓子の「なぜ」を学んでいきましょう。


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