第1部 素材編
鶏卵
はじめに
鶏卵は、製菓において最も多機能な原材料である。卵白の「起泡性」がスポンジケーキやメレンゲを膨らませ、卵黄の「乳化性」がクリームやアイスクリームをなめらかにまとめ、全体の「熱凝固性」がプリンやカスタードを固める。一つの食材がこれほど多様な役割を果たす例は他にない。本章では、鶏卵の構造と成分、そして製菓における3つの主要機能を体系的に解説する。
1. 鶏卵の構造
1-1. 卵の各部位
鶏卵は外側から順に、以下の構造を持つ。
卵殻:主成分は炭酸カルシウム。表面には無数の気孔があり、内部の呼吸を可能にしている。
卵殻膜:卵殻の内側にある薄い膜。外卵殻膜と内卵殻膜の2層からなり、鈍端部で分離して気室を形成する。
卵白:外側から「外水様卵白」「濃厚卵白」「内水様卵白」の3層で構成される。濃厚卵白は粘度が高く、新鮮な卵ほど濃厚卵白の割合が高い。古くなると濃厚卵白が水様化する。
カラザ:卵黄膜の両端に付いているひも状の物質。成分はタンパク質。卵黄が卵の中心に位置するよう安定化させる役割を持つ。
卵黄:「黄色卵黄」と「白色卵黄」が交互に層をなす同心円状の構造。卵黄膜に包まれている。
1-2. 重量比
殻付き卵の平均的な重量比は、卵殻:卵黄:卵白=1:3:6である。
つまり、卵1個(Mサイズ約60g)であれば、おおよそ卵殻6g、卵黄18g、卵白36gという計算になる。この比率は製菓のレシピを考える上で重要な基準となる。
1-3. 鶏卵の規格
日本農林規格(JAS)に基づく鶏卵のサイズ規格は以下のとおり。
- LL:70g以上76g未満
- L:64g以上70g未満
- M:58g以上64g未満
- MS:52g以上58g未満
- S:46g以上52g未満
- SS:40g以上46g未満
製菓では通常Mサイズが基準として想定されることが多いが、正確な製菓においては個数ではなくグラム単位で計量することが望ましい。
2. 鶏卵の成分
2-1. 部位別の栄養成分(可食部100gあたり)
全卵:エネルギー151kcal、水分76.1g、タンパク質12.3g、脂質10.3g、炭水化物0.3g、カルシウム51mg、ビタミンA 150μg
卵白:エネルギー47kcal、水分88.4g、タンパク質10.5g、脂質Tr(微量)、炭水化物0.4g、カルシウム6mg、ビタミンA 0μg
卵黄:エネルギー387kcal、水分48.2g、タンパク質16.5g、脂質33.5g、炭水化物0.1g、カルシウム150mg、ビタミンA 480μg
2-2. 成分の特徴
卵白は水分が約88%と多く、脂質はほとんど含まれない。主成分はタンパク質(オボアルブミン、オボトランスフェリン、オボグロブリンなど)である。
卵黄は脂質が約33.5%と非常に多く、その中にリン脂質であるレシチンが含まれる。このレシチンが天然の乳化剤として働く。また、脂溶性ビタミン(A、D、E)や鉄、カルシウムも卵黄に多く含まれる。卵黄の黄色は、カロテノイド色素のルテインによるものである。
鶏卵にはビタミンCが含まれていない。 これは試験でも頻出の重要事項である。アミノ酸スコアは100であり、タンパク質源としては極めて優れた食品である。
3. 熱凝固性
3-1. 卵白と卵黄の凝固温度の違い
鶏卵のタンパク質は加熱により変性・凝固する。この凝固開始温度が、卵白と卵黄で異なることが製菓上きわめて重要である。
卵白:55℃付近で凝固し始める。60℃前後で軟らかいゼリー状になる。80℃で完全に凝固する。
卵黄:65℃付近で凝固し始める。75℃でしっかりと固まる。
つまり、卵白のほうが卵黄よりも低い温度で固まり始める。この温度差を利用して作られるのが「温泉卵」である。65〜68℃で25〜30分加熱すると、卵黄は固まるが卵白は完全には固まらない、という独特の状態になる。
3-2. 熱凝固性の製菓における応用
プリン・カスタードプディング:卵のタンパク質の熱凝固により固まる。砂糖はタンパク質の凝固温度を上昇させるため、砂糖を多く配合するとなめらかに仕上がり、「す」が立ちにくくなる。
カスタードクリーム:卵黄のタンパク質が凝固するのと同時に、小麦粉やコーンスターチのでんぷんが糊化することで、とろみのあるクリームになる。加熱しすぎると卵黄が凝固してダマになるため、温度管理が重要である。
アングレーズソース:卵黄と牛乳、砂糖を80〜83℃程度まで加熱してとろみをつける。85℃を超えると卵黄が凝固して分離するため、非常に繊細な温度管理が必要である。
焼き菓子の骨格形成:スポンジケーキなどでは、卵のタンパク質が焼成中に凝固することで、でんぷんの糊化とともに菓子の骨格を形成する。
4. 卵白の起泡性
4-1. 起泡のメカニズム
卵白を泡立て器で激しく撹拌すると、しっかりとした泡(メレンゲ)が形成される。これは卵白のタンパク質が以下の2つの性質を併せ持っているためである。
起泡性:撹拌により空気を取り込み、泡を作る性質。
空気変性:空気に触れることでタンパク質が変性し、安定な膜を形成する性質。
撹拌によって取り込まれた空気の周りに、変性した卵白タンパク質が膜を作り、泡が安定して保持される。この泡がスポンジ生地の膨張の原動力となり、また焼成時に熱膨張することでさらに大きく膨らむ。
4-2. 起泡性に影響する因子
サラダ油・バターなどのむき出しの油脂:気泡の膜を破壊し、泡立ちを著しく阻害する。ボウルや泡立て器に油分が付着していると、メレンゲが立たない原因となる。
牛乳・生クリーム・卵黄:これらに含まれる油脂は乳化状態にあるため、直接的に気泡膜を破壊はしないが、乳化が崩れると泡立ちを阻害する。卵白に卵黄が混入するとメレンゲが立ちにくくなるのはこのためである。
砂糖:卵白タンパク質の変性を抑制するため、泡立ちにくくなる。しかし、できあがったメレンゲはきめが細かく、安定性が高くなる。したがって、ある程度泡立ててから数回に分けて加えるのが基本である。
乾燥卵白:加えるとタンパク質濃度が上がり、気泡の安定性が高まる。
レモン汁・クリームターター(酒石酸水素カリウム):卵白のpHをアルカリ性から中性に近づけることで、気泡の安定性を高める。
銅製のボウル:銅イオンが卵白タンパク質のオボトランスフェリンに結合し、過剰な変性を防いで泡を安定化させる。伝統的に製菓で銅ボウルが使われるのはこのためである。
卵白の鮮度:古い卵白は水様化しているため泡立ちやすいが、泡の安定性は新鮮な卵白の方が高い。
卵白の温度:温めると粘度が下がり泡立ちやすくなるが、泡の安定性は悪くなる。
4-3. メレンゲの種類
フレンチメレンゲ(生メレンゲ):加熱せず、卵白に砂糖を加えて泡立てる最も基本的な方法。軽くふわふわとした食感。スポンジ生地への混ぜ込みなどに使用。ただし離水しやすく、安定性はやや低い。
スイスメレンゲ:卵白に砂糖を加え、湯煎で50℃程度に加熱しながら泡立てる方法。泡の密度が高く、粘度があり安定性が高い。乾燥焼きのメレンゲ菓子などに適する。
イタリアンメレンゲ:7〜8分立てにしたメレンゲに、118〜120℃に煮詰めた熱いシロップを少しずつ加えながら泡立てる方法。最もきめが細かく、安定性が高い。熱により殺菌もされるため衛生的。バタークリーム、ムース、タルトの表面などに使用される。
4-4. スポンジ生地の泡立て法
共立て法(ジェノワーズ法):全卵に砂糖の全量を加え、湯煎で35〜40℃に温めてから泡立てる方法。しっとりとした、きめの詰まった生地になる。ジェノワーズが代表例。
別立て法(ビスキュイ法):卵白と卵黄を別々に泡立て、後で合わせる方法。軽く、ふんわりとした生地になる。ビスキュイ、ビスキュイ・ジョコンドが代表例。
オールインワン法(共立て一括法):全材料に乳化剤を加え、機械で一気に泡立てる方法。効率的で工業的な製造に適する。
5. 卵黄の乳化性
5-1. 乳化のメカニズム
卵黄に含まれるレシチンなどのリン脂質は、天然の乳化剤である。レシチン分子は、水になじむ「親水基」と、油になじむ「親油基(疎水基)」の両方を分子内に持っている。
この分子が水と油の界面(境界面)に整列することで、両者の間の表面張力を弱める。その結果、本来混ざり合わない水と油が、一方が微細な粒子となってもう一方の中に分散した安定な状態(エマルション)を形成できるようになる。
5-2. 乳化の2つの型
水中油滴型(O/W型):水の中に油が微細な粒子として分散している状態。代表例は牛乳、生クリーム、マヨネーズ、アイスクリームなど。
油中水滴型(W/O型):油の中に水が微細な粒子として分散している状態。代表例はバター、マーガリンなど。
5-3. 製菓における乳化性の応用
カスタードクリーム:卵黄のレシチンが牛乳の水分と脂肪を安定させ、なめらかなクリームを作る。
アイスクリーム:卵黄を加えることで乳脂肪が均一に分散し、なめらかな口当たりと安定した組織が得られる。
バタークリーム:卵黄の乳化性により、バターと水分(シロップやカスタード)が分離せずになじむ。
マヨネーズ:卵黄の乳化性を最も直接的に利用した食品。油と酢という混ざらないものを卵黄がつなぐ。
バターケーキ:バターに卵を少しずつ加える際、卵黄のレシチンが乳化を助ける。一度に加えると分離する(乳化が壊れる)のはこのためである。
6. 重要事項の整理:卵白と卵黄の役割
製菓において最も重要な原則は以下のとおりである。
卵白 = 起泡性(メレンゲ、スポンジケーキ)
卵黄 = 乳化性(カスタード、アイスクリーム、マヨネーズ)
この2つを逆に記憶している例が非常に多いため、確実に押さえておく必要がある。卵白は水分とタンパク質が主で脂質をほとんど含まないため、泡を作る性質に優れる。一方、卵黄は脂質とレシチンを豊富に含むため、乳化剤としての性質に優れる。
7. 卵の加工品
液卵:卵殻を除去し、撹拌・ろ過したもの。液状全卵、液状卵白、液状卵黄がある。業務用として広く使用される。
凍結卵:液卵を急速冷凍したもの。長期保存が可能。
乾燥卵:液卵の水分を除去して粉末状またはフレーク状にしたもの。製法により噴霧乾燥、平皿乾燥、凍結乾燥がある。特に乾燥卵白(粉末卵白)は、メレンゲの安定性を高める目的で製菓に広く使われる。
試験対策:よくある間違いポイント
試験でよく出る「ひっかけ」の文です。正しいか間違いか、選んでから答えを確かめてください。
Q1卵白の凝固開始温度は卵黄より高い
Q2卵白の乳化性と卵黄の起泡性が製菓で重要
Q3鶏卵にはビタミンCが含まれる
Q4カラザは脂質でできている
Q5卵殻:卵黄:卵白=1:6:3
Q6砂糖を加えると卵白は泡立ちやすくなる
Q7イタリアンメレンゲは加熱しないメレンゲ
Q8共立て法は卵白と卵黄を分けて泡立てる
Q9卵黄の黄色はレシチンによる
まとめ
鶏卵は製菓において「起泡」「乳化」「熱凝固」という3つの根本的な機能を担う多機能な原材料である。卵白は水分とタンパク質が主体で優れた起泡性を持ち、メレンゲやスポンジ生地の膨張を支える。卵黄は脂質とレシチンを豊富に含み、優れた乳化性でクリームやアイスクリームをなめらかに仕上げる。また卵白55℃・卵黄65℃という凝固温度の差を利用することで、プリンやアングレーズソースなど繊細な製品が生まれる。油脂は起泡を阻害し、砂糖は起泡を抑えるが安定性を高めるといった、副材料との相互作用も含めて理解することが、卵を自在に扱うための鍵となる。

