製菓理論 第7章:油脂

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第1部 素材編

油脂

はじめに

油脂は、菓子に風味とコクを与えるだけでなく、食感を根本的に決定する原材料である。クッキーのサクサク感、パイの層、パウンドケーキのふんわりとした軽さ、ドーナツの香ばしさ――これらはすべて油脂の物理的性質を利用した結果である。第6章ではバターを乳製品として扱ったが、本章では油脂という物質そのものの構造と性質、そしてマーガリンやショートニングを含めた油脂類全体を、製菓の視点から体系的に解説する。

1. 油脂の基本構造

1-1. 油と脂

油脂とは、常温で液状の「油(oil)」と、常温で固形の「脂(fat)」を合わせた総称である。植物油、バター、ラード、ショートニングなど、すべて油脂に含まれる。

1-2. 化学構造

油脂の基本構造は、グリセリン1分子に脂肪酸3分子が結合したもので、化学的にはトリアシルグリセロール(中性脂肪・トリグリセリド)と呼ばれる。

油脂の性質は、結合している脂肪酸の種類と、その結合位置によって決まる。同じ「油脂」であっても、バターとサラダ油の性質が全く異なるのは、構成する脂肪酸が異なるためである。

2. 脂肪酸の種類と性質

2-1. 炭素鎖の長さによる分類

脂肪酸は炭素が鎖状につながった構造を持ち、炭素鎖が長いほど融点が高くなる

短鎖脂肪酸(炭素数6以下):水溶性。乳脂肪に最も多く含まれる。酪酸などが代表例で、バター特有の香りの源となる。

中鎖脂肪酸(炭素数8〜10):やし油、乳脂肪に存在する。

長鎖脂肪酸(炭素数12以上):食用油脂のほとんどがこれに該当する。水に溶けにくい。

2-2. 二重結合の有無による分類

これが油脂の性質を決める最も重要な分類である。

飽和脂肪酸:炭素間に二重結合を持たない。常温で固体になりやすく、融点が高い。バター、ラード、ヘットなどの動物性油脂に多く含まれる。酸化されにくく安定性が高い。

不飽和脂肪酸:炭素間に二重結合を持つ。二重結合が多いほど融点が下がり、液状になりやすい。植物油や魚油に多く含まれる。二重結合が酸素と反応しやすいため、酸化されやすい

  • 一価不飽和脂肪酸:二重結合が1つ。オレイン酸(オリーブ油に多い)が代表例。
  • 多価不飽和脂肪酸:二重結合が2つ以上。リノール酸、α-リノレン酸、EPA、DHAなど。

2-3. 融点と製菓

融点の違いは、製菓において決定的な意味を持つ。

バター(融点約28〜33℃)は体温より低い融点を持つため、口の中でとろけるような食感を生む。一方、ラード(豚脂)とヘット(牛脂)を比較すると、ラードのほうが融点は低い(ラード約28〜48℃、ヘット約40〜50℃)。ヘットは融点が高く、口の中でとけにくいため、製菓にはあまり使われない。

3. 可塑性と固体脂指数(SFI)

3-1. 可塑性とは

可塑性とは、固形の油脂が力を加えると変形し、力を除いてもその形を保つ性質である。粘土のように「伸ばせて、形が残る」状態を指す。

パイ生地の折り込み作業では、バターが薄い層として均一に伸びる必要がある。この作業が成立するのは、バターに可塑性があるためである。硬すぎるとバターが割れて層が途切れ、軟らかすぎると生地に染み込んで層ができない。

3-2. 固体脂指数(SFI)

固体脂指数(SFI:Solid Fat Index)とは、ある温度における油脂中の固体脂の割合を示す数値である。

SFI 40%以上:非常に硬い状態。可塑性はない。
SFI 15〜25%:手で成形できる「可塑性がある」状態。
SFI 10%以下:非常に軟らかい状態。ほぼ流動的。

バターの可塑性が良好なのは13〜18℃である。この温度帯を保つことが、パイやクロワッサンの折り込み作業成功の鍵となる。

3-3. 油脂ごとのSFI変化の特徴

カカオバター:狭い温度範囲でSFIが急激に変化する。つまり、少しの温度変化で固体から液体へ一気に変わる。これがチョコレートのシャープな口どけを生む理由である。

バター:SFIの変化が緩やかである。幅広い温度帯で徐々に軟らかくなる。

ショートニング:可塑性を持つ温度範囲が広く設計されている。そのため、作業性がよく生地への練り込みに適している。

4. 油脂の調理特性(5つの機能)

4-1. 可塑性

前述のとおり、力を加えると変形して形を保つ性質。パイ生地の折り込みに不可欠。バターは13〜18℃で良好な可塑性を示す。

4-2. ショートニング性

油脂が生地中で薄い膜状に広がり、グルテンの網目形成を物理的に抑制する性質。これにより、生地が「もろく、砕けやすく」なる。

関連する菓子:クッキー、パイ、タルト、ビスケット。あのサクサク、ホロホロとした食感は、油脂によってグルテンの連続性が断ち切られた結果である。「ショート(short)」とは英語で「もろい」を意味する。

4-3. クリーミング性

油脂を撹拌したときに、空気を細かい気泡として取り込む性質。取り込まれた気泡は焼成中に熱膨張し、菓子を膨らませる。

関連する菓子:パウンドケーキ、バターケーキ、マドレーヌ。バターと砂糖をすり混ぜて白っぽくふんわりさせる工程(シュガーバッター法)は、この性質を最大限に利用している。

重要な区別:ショートニング性とクリーミング性は混同されやすい。空気を抱き込むのはクリーミング性であり、サクサクもろくするのがショートニング性である。この区別は試験で頻出する。

4-4. フライング性(揚げ物適性)

高温で安定して食品を揚げることができる性質。適切な温度で水分と油の交換が行われ、独特のクリスピーな食感と風味を生む。

関連する菓子:ドーナツ、揚げ菓子、カレーパン。

4-5. 安定性(酸化への耐性)

油脂が酸化や変敗に対してどれだけ耐えられるかを示す性質。飽和脂肪酸が多い油脂ほど安定性が高く、不飽和脂肪酸が多いほど酸化しやすい。

なお、砂糖は油脂の変敗を遅らせる効果があるため、糖分の多い菓子ほど油脂の劣化が抑えられる。

5. 主な油脂の種類

5-1. バター

乳脂肪分80%以上。詳細は第6章を参照。乳化構造は油中水滴型(W/O型)。天然の風味とコクが最大の特長であり、製菓において最も重視される油脂である。可塑性、ショートニング性、クリーミング性のすべてを備える。

5-2. マーガリン

19世紀フランスで、バターの代用品として考案された。ナポレオン3世が安価なバター代替品を懸賞募集したことがきっかけとされる。

原料と製法:大豆油、コーン油などの液状の植物油を硬化(水素添加)することで、不飽和脂肪酸の二重結合に水素を付加し、飽和脂肪酸に近づけて適度な硬さにする。これに乳成分、乳化剤、食塩、水などを加えて練り合わせる。

水分:約15%を含有する。バターと同様、油中水滴型(W/O型)の乳化構造を持つ。

注意点:マーガリンは主に植物性油脂が原料であり、乳製品ではない

製菓用マーガリン:折り込み用(可塑性範囲が広い)、練り込み用など、用途別に設計された製品がある。

5-3. ショートニング

19世紀末アメリカで、ラード(豚脂)の代用品として考案された。名前は「ショートニング性」に由来する。

マーガリンとの最大の違い水分や乳成分をまったく含まない。ほぼ100%が油脂である。

特長:無味無臭で、素材の風味を邪魔しない。可塑性を持つ温度範囲が広く、生地への練り込み作業に適している。パンや菓子の生地に配合することで、良好なショートニング性を発揮する。

5-4. ラード(豚脂)

豚の脂肪から精製した油脂。融点は約28〜48℃。独特の風味を持つ。中華菓子や一部の焼き菓子に用いられる。ヘット(牛脂)より融点が低い。

5-5. 植物油(液状油)

サラダ油、菜種油、大豆油、オリーブ油など。常温で液状であり、可塑性やクリーミング性は持たない。生地に加えるとグルテン間の滑りをよくし、生地をなめらかにする。シフォンケーキ、一部のマフィンやパウンドケーキに使用される。

5-6. カカオバター

カカオ豆から抽出される油脂。チョコレートの主要成分。狭い温度範囲でシャープに融解する特性を持ち、独特の口どけを生む。詳細は第8章(チョコレート)で扱う。

6. 油脂の劣化

6-1. 酸化(自動酸化)

油脂中の不飽和脂肪酸の二重結合部分に酸素が作用し、過酸化脂質(ヒドロペルオキシド)を生成する反応。これを「脂質の自動酸化」と呼ぶ。

酸化促進因子:高温、光(特に紫外線)、酸素、金属(銅、鉄など)。

酸化防止法:冷暗所保存、遮光容器の使用、抗酸化剤(ビタミンE、ビタミンCなど)の添加、脱酸素剤の使用、密封保存。

製菓における注意:揚げ菓子は油脂を多く含み、空気との接触面積も広いため、酸化が非常に起こりやすい。「水分が少ないから傷まない」という認識は誤りである。

6-2. 変敗

炭水化物や脂質が微生物により分解され、風味が悪くなり食用に適さなくなる現象を「変敗」と呼ぶ。タンパク質が分解されて有害物質を生じるのは「腐敗」であり、区別が必要である。

7. トランス脂肪酸について

液状油を硬化(水素添加)する過程で、天然にはほとんど存在しない「トランス型」の二重結合を持つ不飽和脂肪酸が生成することがある。これがトランス脂肪酸である。

トランス脂肪酸は、LDLコレステロール(悪玉)を増加させ、HDLコレステロール(善玉)を減少させることが報告されており、健康への影響が指摘されている。近年ではトランス脂肪酸の含有量を低減した製品の開発が進んでいる。

試験対策:よくある間違いポイント

試験でよく出る「ひっかけ」の文です。正しいか間違いか、選んでから答えを確かめてください。

Q1ショートニング性は油脂が気泡を抱き込む性質

正しくは:気泡を抱き込むのは「クリーミング性」。ショートニング性はグルテン形成を抑制してサクサクもろくする性質。

Q2フライング性は気泡を抱き込む性質

正しくは:フライング性は揚げ物に適した性質。気泡を抱き込むのは「クリーミング性」。

Q3二重結合を持たないものを不飽和脂肪酸という

正しくは:二重結合を持たないのは「飽和脂肪酸」。持つのが不飽和脂肪酸。

Q4不飽和脂肪酸がバターやラードに多い

正しくは:バターやラードに多いのは「飽和脂肪酸」。

Q5酸化されやすいのは飽和脂肪酸

正しくは:酸化されやすいのは「不飽和脂肪酸」。二重結合が酸素と反応しやすいため。

Q6ラード(豚脂)はヘット(牛脂)に比べ融点が高い

正しくは:ラードのほうが融点は「低い」。

Q7マーガリンは乳製品

正しくは:マーガリンは主に「植物性油脂」が原料であり、乳製品ではない。

Q8ショートニングは水分を約15%含む

正しくは:水分を約15%含むのは「マーガリン」。ショートニングは水分・乳成分をまったく含まない。

Q9揚げ菓子は水分が少ないため酸化はほとんど起こらない

正しくは:油脂を多く含み空気との接触面積が広いため、酸化は「起こりやすい」。

Q10バターの可塑性が良好なのは30〜35℃

正しくは:バターの可塑性が良好なのは「13〜18℃」。

Q11トランス型不飽和脂肪酸はHDLコレステロールを上昇させる

正しくは:トランス脂肪酸はLDL(悪玉)を上昇させ、HDL(善玉)を減少させる。
結果:

まとめ

油脂はグリセリン1分子に脂肪酸3分子が結合したトリアシルグリセロールであり、その性質は構成する脂肪酸によって決まる。飽和脂肪酸が多いほど融点が高く固形になりやすく安定性も高いが、不飽和脂肪酸が多いほど融点が低く液状になり、酸化しやすい。製菓において重要な調理特性は、可塑性(パイの折り込み、バターは13〜18℃)、ショートニング性(サクサクもろい食感)、クリーミング性(気泡の抱き込み)、フライング性、安定性の5つである。バターは風味に優れ、マーガリンはバターの代用品として水分約15%を含み、ショートニングはラードの代用品として水分・乳成分を一切含まず可塑性範囲が広い。これら油脂の性質を理解し適切に選択・温度管理することが、菓子の食感を自在に操る技術の核心である。

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