製菓理論 第11章:膨張剤

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第2部 機能材料編

膨張剤

はじめに

菓子が「膨らむ」という現象は、一見単純に見えて実は3つの異なる原理によって支えられている。卵やバターに含ませた「空気」の熱膨張、生地中の水分が変化した「水蒸気」の圧力、そして膨張剤や酵母が発生させる「ガス」である。本章では、この3つの膨張原理を整理したうえで、化学膨張剤(重曹、ベーキングパウダー、イスパタなど)の仕組みと使い分けを体系的に解説する。膨張剤は微量しか使わない材料だが、選択を誤れば菓子は膨らまず、色は変わり、風味まで損なわれる。

1. 菓子が膨らむ3つの原理

1-1. 空気(物理的膨張)

撹拌によって生地中に取り込まれた気泡が、加熱により熱膨張して生地を押し広げる。

関連する技法:卵白の起泡性(メレンゲ)、油脂のクリーミング性、粉のふるい入れ

代表的な菓子:スポンジケーキ、パウンドケーキ、シフォンケーキ、マカロン

この方式では膨張剤を使わない、あるいは補助的にしか使わない。気泡の量と安定性が膨らみを決定する。

1-2. 水蒸気(物理的膨張)

生地中の水分が加熱により水蒸気となり、体積が約1,700倍に膨張して生地を押し広げる。

代表的な菓子:シュー生地(シュークリーム、エクレア)、折りパイ(ミルフイユ、クロワッサン)

シュー生地が中空になるのは、高温(200〜220℃)で一気に水蒸気を発生させ、糊化したでんぷんの膜がそれを閉じ込めるためである。パイが層状に浮き上がるのも、生地の間に折り込まれたバターの水分が水蒸気になる力による。

1-3. ガス(化学的・生物的膨張)

化学反応または微生物の働きにより、炭酸ガス(二酸化炭素)などを発生させて生地を膨らませる。

化学膨張剤:重曹、ベーキングパウダー、イスパタ、炭酸アンモニウムなど → 本章の主題

生物的膨張(発酵):パン酵母(イースト)が糖を分解して炭酸ガスとアルコールを発生させる → 第18章(製パン)で詳述

実際の菓子では、これら3つの原理が複合して働いている場合が多い。

2. 化学膨張剤の基本

2-1. 膨張剤とは

膨張剤とは、化学反応によりガスを発生させ、生地を膨らませる食品添加物である。食品表示上は「膨脹剤」「ベーキングパウダー」「ふくらし粉」などの一括名で表示できる。

2-2. 膨張剤の構成要素

化学膨張剤は、以下の3つの要素から構成される。

ガス発生剤(基剤):加熱や酸との反応で炭酸ガスやアンモニアガスを発生させる主成分。重曹(炭酸水素ナトリウム)が代表。

助剤(酸性剤):ガス発生剤と反応してガスの発生を促し、同時にアルカリ性の残留物を中和する。酒石酸水素カリウム、ミョウバン、リン酸塩など。

遮断剤(分散剤):ガス発生剤と助剤が保存中に反応してしまわないよう、両者を隔てる。でんぷん(コーンスターチ)などが用いられる。

ベーキングパウダーは、この3要素を配合した「複合膨張剤」である。一方、重曹単体は「単一膨張剤」となる。

3. 重曹(炭酸水素ナトリウム)

3-1. 基本情報

化学名:炭酸水素ナトリウム(NaHCO₃)
別名:重炭酸ソーダ、重曹、タンサン

3-2. 反応の仕組み

重曹は加熱されると分解し、炭酸ガス(二酸化炭素)、水、そして炭酸ナトリウムを生じる。

この炭酸ナトリウムが弱アルカリ性であり、生地中に残留する。これが重曹の最大の特徴であり、同時に最大の注意点でもある。

3-3. アルカリ性がもたらす作用

①小麦粉の色が黄色く変化する

小麦粉に含まれるフラボノイド色素は、アルカリ性条件下で黄色く発色する。そのため、重曹を使った生地は黄色味を帯びた色になる。

これは欠点ではなく、どら焼きや利久饅頭のような「黄色みがかった焼き色」を出したい和菓子では、むしろ意図的に利用される特性である

②メイラード反応が促進される

アルカリ性条件下ではメイラード反応が進みやすくなるため、焼き色が濃くつく。どら焼きの美しい焼き色は、重曹の働きによるところが大きい。

③独特の風味が残る

炭酸ナトリウムが多く残ると、苦味やえぐみ、「重曹臭」と呼ばれる独特の風味を生じる。使用量が多すぎると顕著に出るため、配合量の管理が重要である。

④ビタミンが破壊されやすい

アルカリ性条件下では、ビタミンB1やビタミンCが分解されやすくなる。

3-4. 使用上の注意点

使用量:粉に対して0.5〜2%程度。多すぎると苦味と黄色みが強く出る。

溶かして加える:重曹は水に溶かしてから生地に加えるのが基本である。粉のまま加えるとダマになり、その部分だけ黄色い斑点(和菓子では「薬ブシ」と呼ぶ)が出てしまう。

熱のあるうちに加える:利久饅頭などでは、黒砂糖の蜜がまだ温かいうちに重曹を加えると、薬ブシが出にくくなる。

3-5. 主な用途

どら焼き、利久饅頭、饅頭類、かりんとう、蒸しパン、クッキー(一部)、中華まん

4. ベーキングパウダー(BP)

4-1. 基本情報

重曹を基剤とし、酸性剤(助剤)と遮断剤を配合した複合膨張剤。「ふくらし粉」とも呼ばれる。

4-2. 重曹との違い

酸性剤が配合されているため、重曹単体で使った場合に残るアルカリ性の炭酸ナトリウムが中和される

その結果、以下の利点が生まれる。

  • 苦味や重曹臭が出にくい
  • 生地が黄色く変色しない(白く仕上がる)
  • ガスの発生量が安定し、膨らみが均一になる

洋菓子で重曹よりベーキングパウダーが多用されるのは、生地の色と風味を損なわずに膨らませられるためである。

4-3. 種類

焼き物用ベーキングパウダー

弱アルカリ性のもの。オーブンでの焼成を前提としている。

蒸し物用ベーキングパウダー

弱酸性のもの。蒸し菓子では焼き物ほど高温にならないため、低温でも反応しやすい設計になっている。

注意:「焼き物用は弱アルカリ性、蒸し物用は弱酸性」という区分は、試験でも問われる論点である。

速効性・遅効性・二段階反応型

速効性(単一作用型):水分と接触した時点で反応が始まる。混ぜたらすぐ焼く必要がある。

遅効性:加熱されて初めて反応する。生地を休ませてから焼くことができる。

二段階反応型(ダブルアクティング):水分接触時と加熱時の2回に分けてガスが発生する。現在の市販ベーキングパウダーの多くはこのタイプで、作業性と膨張力のバランスに優れる。

4-4. 使用上の注意点

使用量:粉に対して1〜4%程度。多すぎると苦味やえぐみが出る。

ふるって加える:粉類と一緒によくふるい、均一に分散させる。局所的に集まると、その部分だけ大きな気泡ができたり、味に影響したりする。

保存:湿気を吸うと反応が始まってしまい、膨張力が低下する。密閉して乾燥した場所で保存する。開封後は早めに使い切る。

4-5. 主な用途

マフィン、スコーン、パウンドケーキ、ホットケーキ、蒸しパン、クッキー、栗饅頭、黄味時雨

5. イスパタ

5-1. 基本情報

イスパタは「イースト・パウダー」の略とされる。重曹と塩化アンモニウムを混合した膨張剤である。

5-2. 特徴

膨らませる力がベーキングパウダーより強い。これが最大の特徴である。

蒸し物に適している。蒸し菓子では生地の表面が乾燥せず、水分を含んだまま加熱されるため、強い膨張力が必要となる。イスパタはこの条件に合致する。

生地が白く仕上がる。重曹単体のような黄変を起こしにくいため、饅頭類の白い生地を保つことができる。

5-3. 使用上の注意点

塩化アンモニウムが分解してアンモニアガスを発生するため、使いすぎるとアンモニア臭が残る。使用量の管理が重要である。

また、蒸し物のように水分が多く加熱時間が長い製品ではアンモニアが飛びやすいが、水分の少ない製品や厚みのある製品では残りやすい。

5-4. 主な用途

薬饅頭(小麦粉饅頭)、蒸しカステラ、各種蒸し饅頭、中華まん

6. アンモニウム塩系膨張剤

6-1. 炭酸水素アンモニウム・炭酸アンモニウム

加熱により分解し、アンモニアガスと炭酸ガスを発生させる。ガスの発生量が多く、強い膨張力を持つ。

特徴:分解後に残留物がほとんど残らないため、生地に苦味やアルカリ味が出ない。水分が飛んでアンモニアが揮発しやすい薄くて乾いた製品に適している。

主な用途:クッキー、ビスケット、サブレ、ちゃぶくさ(和菓子)

注意点:水分の多い製品や厚みのある製品に使うと、アンモニア臭が残ってしまう。薄く焼き上げる菓子専用と考えるべきである。

和菓子での使用例:「ちゃぶくさ(つやぶくさ)」は、和菓子で数少ない炭酸アンモニウムを使用する製品である。また、この菓子は粉を先に練ってグルテンをしっかり出す「逆ごね法」で作られる点でも例外的である。

6-2. 塩化アンモニウム

単体で使われることは少なく、イスパタの構成成分として重曹と組み合わせて使用される。

7. 膨張剤の使い分け

白く仕上げたい焼き菓子 → ベーキングパウダー

黄色く色づけ、香ばしい焼き色を出したい和菓子 → 重曹

強く膨らませたい蒸し菓子 → イスパタ

薄く乾いたサクサクの焼き菓子 → 炭酸水素アンモニウム/炭酸アンモニウム

生地を休ませてから焼きたい → 遅効性または二段階反応型のベーキングパウダー

膨張剤を使わずに膨らませたい → 気泡(メレンゲ、クリーミング)または水蒸気(シュー、パイ)の原理を利用する

試験対策:よくある間違いポイント

試験でよく出る「ひっかけ」の文です。正しいか間違いか、選んでから答えを確かめてください。

Q1重曹はアルカリ性で小麦粉のフラボノイド色素が白く変色する

正しくは:アルカリ性により「黄色く」発色する。

Q2イスパタはベーキングパウダーより膨らませる力が弱い

正しくは:イスパタはベーキングパウダーより膨らませる力が「強い」。

Q3イスパタは重曹と塩化ナトリウムの混合物

正しくは:イスパタは重曹と「塩化アンモニウム」の混合物。塩化ナトリウムは食塩。

Q4焼き物用ベーキングパウダーは弱酸性、蒸し物用は弱アルカリ性

正しくは:逆。焼き物用が「弱アルカリ性」、蒸し物用が「弱酸性」。

Q5ベーキングパウダーは重曹より苦味が出やすい

正しくは:ベーキングパウダーは酸性剤でアルカリを中和するため、重曹より苦味が「出にくい」。

Q6炭酸アンモニウムは水分の多い厚い菓子に適している

正しくは:アンモニア臭が残るため、「薄く乾いた」菓子(クッキー、ビスケット)に適する。

Q7ちゃぶくさに使う膨張剤はベーキングパウダー

正しくは:ちゃぶくさは「炭酸アンモニウム」を使用する、和菓子では数少ない製品。

Q8ちゃぶくさはグルテンを出さないようにこねる

正しくは:ちゃぶくさは「逆ごね法」でグルテンをしっかり出す。和菓子では例外的。

Q9シュー生地は膨張剤の力で膨らむ

正しくは:シュー生地は「水蒸気」の力で膨らむ。膨張剤は使わない。

Q10折りパイは膨張剤で層が浮き上がる

正しくは:折りパイも「水蒸気」の力で層が浮き上がる。
結果:

まとめ

菓子の膨張は、空気(気泡の熱膨張)、水蒸気、ガス(化学膨張剤・酵母)の3原理によって起こる。化学膨張剤はガス発生剤・助剤・遮断剤から構成され、重曹単体は加熱後に弱アルカリ性の炭酸ナトリウムを残すため、小麦粉のフラボノイド色素を黄変させ、メイラード反応を促進する。この性質は欠点にも利点にもなり、どら焼きや利久饅頭では意図的に活用される。ベーキングパウダーは酸性剤でアルカリを中和するため白く仕上がり、焼き物用は弱アルカリ性、蒸し物用は弱酸性と使い分けられる。イスパタは重曹と塩化アンモニウムの混合物でベーキングパウダーより膨張力が強く蒸し物に適し、炭酸アンモニウム類はアンモニアが揮発しやすい薄い焼き菓子に向く。どの膨張剤を選ぶかは、仕上げたい色・風味・加熱方法・製品の厚みによって決まる。

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