第4部 製品理論編
洋菓子(2)クリーム・デザートの理論
はじめに
前章では「膨らませる・焼く」生地の理論を扱った。本章で扱うのは「混ぜる・固める・冷やす」の理論である。クリームは乳化と糊化と起泡の産物であり、デザートは凝固と冷却の産物である。ここでは焼成の熱ではなく、卵の凝固温度、でんぷんの糊化温度、生クリームの泡立て温度、ゼラチンのゲル化温度といった、より繊細な温度管理が要求される。本章では、クリーム類・デザート類・コンフィズリー(糖菓)・工芸菓子を体系的に解説する。
1. クリーム類の全体像
洋菓子のクリームは、その構造により以下のように整理できる。
| 構造の原理 | クリーム名 |
|---|---|
| でんぷんの糊化+卵の凝固 | クレーム・パティシエール |
| 卵の凝固のみ(とろみ) | クレーム・アングレーズ |
| 生クリームの起泡 | クレーム・シャンティイ |
| バターの乳化+気泡 | クレーム・オ・ブール |
| 上記の組み合わせ | クレーム・ディプロマット、クレーム・ムスリーヌ、クレーム・シブースト |
| アーモンドの乳化 | クレーム・ダマンド、クレーム・フランジパーヌ |
| チョコレートの乳化 | ガナッシュ |
2. クレーム・パティシエール(カスタードクリーム)
2-1. 構成
牛乳+卵黄+砂糖+薄力粉またはコーンスターチ
洋菓子のクリームの基本にして最重要。シュークリーム、タルト、ミルフイユなど多くの菓子の土台となる。
2-2. 製法の原理
① 牛乳を温める:バニラビーンズを加え、沸騰直前まで加熱して香りを移す。
② ブランシール:卵黄と砂糖を白っぽくなるまで混ぜること。砂糖を加えたまま放置すると卵黄が砂糖に「焼けて」ダマになるため、加えたらすぐに混ぜる。
③ 粉類を加える:薄力粉またはコーンスターチを加える。コーンスターチの方がなめらかで軽い仕上がり、薄力粉の方がしっかりとしたコシが出る。
④ 牛乳と合わせ、鍋に戻して加熱
⑤ しっかり沸騰させる ← 最重要ポイント
2-3. なぜ沸騰させるのか
これは試験でも実務でも極めて重要な論点である。
理由①:でんぷんを完全に糊化させるため
でんぷんは十分な温度に達しないと糊化が完了しない。糊化が不完全だと、粉っぽさが残り、とろみも不十分になる。
理由②:卵黄のアミラーゼを失活させるため
卵黄にはでんぷん分解酵素(アミラーゼ)が含まれている。十分に加熱してこの酵素を失活させないと、時間の経過とともにでんぷんが分解され、クリームが緩んで水っぽくなる。
したがって、「カスタードクリームは沸騰させてはいけない」という理解は誤りである。 しっかり沸騰させ、コシが切れてなめらかになるまで炊き上げる。
2-4. 冷却
炊き上がったら速やかに冷却する。バットに薄く広げ、ラップを密着させて急冷する。
理由:カスタードクリームは栄養豊富で水分も多く、細菌が繁殖しやすい。特に黄色ブドウ球菌による食中毒のリスクがあるため、危険温度帯(10〜60℃)を素早く通過させる必要がある。衛生管理上、極めて重要な工程である。
3. クレーム・アングレーズ
3-1. 構成
卵黄+砂糖+牛乳。粉類を使わない。
3-2. 製法の原理
卵黄のタンパク質の熱凝固のみでとろみをつける。粉が入らないため、非常に繊細な温度管理を要する。
加熱温度:83℃前後(80〜85℃)
なぜこの温度か:卵黄は65℃から凝固し始め、75℃でしっかり固まる(第5章参照)。83℃前後は「とろみがつくが、完全には固まらない」ぎりぎりの温度である。85℃を超えると卵黄が凝固して分離し、そぼろ状になってしまう。
判断の目安:木ベラですくって、指でなぞった跡が残る状態(ナップ状)。
3-3. 用途
ソース・アングレーズ(デザートソース)、バヴァロワのベース、アイスクリームのベース、クレーム・オ・ブール(アングレーズ法)のベース。
4. クレーム・シャンティイ(ホイップクリーム)
4-1. 構成
生クリーム+砂糖(好みでバニラや洋酒)
4-2. 製法の原理
第6章で述べたとおり、撹拌により脂肪球膜が破壊され、露出した脂肪同士が結合してネットワークを形成し、気泡を抱え込む。
4-3. 温度管理が最重要
泡立て温度:5〜8℃の低温。氷水に当てながら泡立てるのが基本である。
温度が高いとどうなるか:脂肪が軟らかくなりすぎ、脂肪球が崩れて分離する(ボソボソになる)。一度分離したクリームは元に戻らない。
「生クリームは湯煎で温めながら泡立てる」というのは明確な誤りである。
4-4. 泡立ての段階
6分立て:とろりと流れる。ソース状。ムースに混ぜ込む用途。
7分立て:すくうと角が立つがすぐ倒れる。ナッペ(塗り広げ)用。
8〜9分立て:しっかりと角が立つ。絞り出し用。
泡立てすぎ:分離してバター状になる。
5. クレーム・オ・ブール(バタークリーム)
5-1. 製法の2種類
イタリアンメレンゲ法
卵白に120℃前後のシロップを加えてイタリアンメレンゲを作り、ホイップしたバターと合わせる。
特徴:軽い口当たり。白く仕上がる。メレンゲが熱で殺菌されるため衛生的。
アングレーズ法
クレーム・アングレーズをベースに、ホイップしたバターと合わせる。
特徴:卵黄由来のコクがあり、口溶けがよい。色は淡い黄色。
5-2. 作業のポイント
バターとベースの温度を揃えることが成功の鍵。温度差があると乳化が壊れて分離する。バターは室温に戻し、ベースも同程度の温度にしてから合わせる。
分離した場合は、少し温めながら撹拌すると再乳化することがある。
6. 複合クリーム
クレーム・ディプロマット
クレーム・パティシエール+泡立てた生クリーム
軽く、口溶けがよい。シュークリームやタルトに使用される。
注意:「カスタード+メレンゲ」ではない。「カスタード+生クリーム」である。
クレーム・ムスリーヌ
クレーム・パティシエール+バター
しっかりとしたコシがあり、保形性が高い。フレジエなどに使用される。
クレーム・シブースト
クレーム・パティシエール+ゼラチン+イタリアンメレンゲ
軽くふんわりとして、冷やすとゼラチンで形が保たれる。シブースト(タルト)に使用される。
名の由来:1840年頃、パリのサントノレ通りの菓子職人シブースト(またはその弟子オーギュスト・ジュリアン)が考案したとされる。
7. アーモンド系クリーム
クレーム・ダマンド(アーモンドクリーム)
バター+砂糖+卵+アーモンドパウダー
タルトの中に敷き込んで焼く。焼くことで初めて完成するクリームである。
ポイント:作ってから30分ほど置くと味がなじむ。
クレーム・フランジパーヌ
クレーム・ダマンド+クレーム・パティシエール
クレーム・ダマンドよりなめらかで軽い。ガレット・デ・ロワなどに使用される。
8. デザート(アントルメ)類
8-1. 用語の整理
デセール(Dessert):フランス語で、本来は食事の後に出すもの全般(菓子・チーズ・果物を含む)。
アントルメ(Entremets):日本では食事の最後に出す甘味を指してこう呼ぶ。
8-2. 冷菓(アントルメ・フロワ)
バヴァロワ(ババロア)
構成:クレーム・アングレーズまたは果物ピューレ+ゼラチン+泡立てた生クリーム
由来:ドイツのヴィッテルスバッハ王国(バイエルン)のフランス人シェフが考案したとされる。「バイエルン風の」という意味。
ムース
「ムース(Mousse)」はフランス語で「泡」の意味(「雪」ではない。試験頻出)。
構成:果物ピューレやチョコレートに、泡立てた卵白や生クリームを加えて冷やし固める。
凝固剤:ゼラチン。
バヴァロワとの違い:ムースの方が気泡が多く、より軽い食感である。
ブラン・マンジェ
「白い食べ物」の意味。アーモンドミルクまたは牛乳をゼラチンで固めた白いデザート。
ゼリー(ジュレ)
ゼラチン・ペクチン・寒天・カラギーナンに砂糖・果汁・ワインを加えて冷やし固めた清涼感のある菓子。
プディング(プリン)
構成:牛乳+卵+砂糖を湯煎焼きまたは蒸し焼き。
原理:卵の熱凝固性で固める。ゼラチンは使わない(使うものは「なめらかプリン」等の別系統)。
イギリス発祥。ヨークシャープディング、プラムプディング(クリスマスの蒸しプディング)など、伝統的なものも多い。
「す」が立つ原因:加熱温度が高すぎること。湯煎の湯温を管理し、低めの温度でじっくり加熱する。砂糖がタンパク質の凝固温度を上げるため、砂糖が少ないと「す」が立ちやすくなる(第1章参照)。
8-3. 氷菓
アイスクリーム(グラス)
構成:乳製品+卵+砂糖を撹拌しながら凍結。
17世紀に原型が成立したとされる。日本には明治時代に伝わった。
ジェラート
イタリア・フィレンツェ発祥。乳脂肪分が低く、空気含有量(オーバーラン)が少ない。そのため密度が高く、濃厚でなめらかな食感になる。
ソルベ(シャーベット)
乳製品・卵は不使用。シロップ+果汁・リキュールを撹拌凍結する。
グラニテ
糖度が低く、キメを粗く仕上げた氷菓。「グラニテ(Granité)」は「花崗岩」の意味で、ざらざらとした結晶の質感に由来する。
8-4. 温菓(アントルメ・ショー)
スフレ
硬く泡立てた卵白と他の材料を混ぜて焼く。ココット型で湯煎焼きにする。2〜3倍に膨張し、しぼまないうちに提供する。冷製の「スフレ・グラッセ」もある。
型のポイント:側面が垂直の型がきれいに立ち上がる。
クレープ
パンケーキを薄く焼いた菓子。元はブルターニュ地方のガレット(そば粉)。
クレープ・シュゼットが代表的で、テーブルサービスでフランベして仕上げることもある。
コンポート
香料やワインを加えたシロップで果物を軟らかく煮たもの。
9. コンフィズリー(糖菓)
砂糖を主体とした菓子の総称。砂糖の煮詰め温度によって食感が決まる(第1章参照)。
フォンダン:107〜115℃の糖液を撹拌して微細な結晶を析出させた糖衣。
キャラメル:砂糖・生クリーム・バターを煮詰めたもの。
ヌガー:砂糖を煮詰めてナッツを混ぜ込んだ菓子。ヌガー・モンテリマール(白、メレンゲ入り)とヌガティーヌ(茶、カラメルとアーモンド)がある。
マシュマロ(ギモーヴ):ゼラチンまたは卵白で泡立てた糖菓。
グミ:ゼラチンやペクチンで固めた弾力のある菓子。
パート・ド・フリュイ:果物ピューレとHMペクチンで作るゼリー状の糖菓。糖度が高く保存性がよい。
ドラジェ:アーモンドなどを糖衣で覆った菓子。
プラリネ:ナッツをキャラメリゼして微細化したペースト。
マジパン:アーモンド+砂糖のペースト。
有平糖(あるへいとう):白双糖に水飴を加え150℃に煮詰め、折り返しながら冷まして成形する。和菓子だが、飴細工の技法として工芸菓子にも使用される。
10. その他の菓子
メレンゲ菓子
メレンゲ3種の使い分け(第5章参照):
- フレンチメレンゲ:加熱しない
- スイスメレンゲ:湯煎50℃で泡立て
- イタリアンメレンゲ:118〜120℃のシロップを加える
用途:乾燥焼きのメレンゲ菓子、クリームサンド、ダコワーズ生地など。
サブレ
バター含有量は小麦粉に対して50%以上。「砂」のような、ほろほろと崩れる食感が名の由来。
のばし生地、絞り生地、アイスボックス、水種生地など多様な製法がある。フロランタン(サブレ生地+アーモンドヌガー)もこの系統。
マカロン
アーモンドパウダー+砂糖+卵白が主原料。マカロン・ダミアン、マカロン・ナポリなどの地方菓子が原型である。
ガトー・ウィークエンド
レモン風味の生地にアプリコットジャムを塗り、グラス・ア・ロー(レモン汁+粉砂糖のアイシング)で仕上げる。「週末に大切な人と食べるお菓子」の意味。
11. 工芸菓子
コンクールなどで技術を競う装飾菓子。
飴細工:
- シュクル・ティレ(引き飴)
- シュクル・スフレ(吹き飴)
- シュクル・クーレ(流し飴)
チョコレート細工、マジパン細工、ヌガー細工、ムラング細工。
パスティヤージュ細工:砂糖+ゼラチンで作る工芸用の生地。乾燥すると硬く固まり、白く美しい造形ができる。
飴ランプ:飴細工の作業時に、テーブル上のランプで飴を照らし、作業しやすい温度に保つ機器。
12. 洋菓子用語集
| 用語 | 意味 |
|---|---|
| アンビバージュ | シロップ。スポンジに染み込ませ、しっとり感と風味を付ける |
| ナッペ | クリーム等を塗り広げる作業(仕上げ塗り) |
| ナパージュ | 果物に艶を出し乾燥を防ぐ仕上げ材(アプリコットジャム等を煮詰めたもの) |
| フォンサージュ | 型に生地を敷き込む作業 |
| ピケ | タルト・パイ生地に穴を開ける作業(膨らみ防止) |
| ドリュール | 塗布用の卵液。焼き色をつけるために表面に塗る |
| フランベ | アルコールを注ぎ火をつけて燃やす(風味付け・演出) |
| ブランシール | 卵黄と砂糖を白っぽくなるまで混ぜること |
| グラス・ア・ロー | レモン汁と粉砂糖で作るアイシング |
| マセレ | 果物を洋酒やシロップに浸す作業 |
| ノワイヨ | タルトの白焼き時に使う重石(タルトストーン) |
| エグテ | 缶詰の果物の汁を切ること |
| アパレイユ | 流動状の混合液 |
| パータ・ボンブ | 卵黄にシロップを加えて泡立てたもの。ムースのベース |
| クーヴェルチュール | カカオバター31%以上の製菓用チョコレート。テンパリングが必要 |
| メランジュール | 製菓用ミキサー |
| コルヌ/ドレッジ | カード(生地を混ぜる道具) |
| シノワ | 逆円すい形のこし器 |
試験対策:よくある間違いポイント
試験でよく出る「ひっかけ」の文です。正しいか間違いか、選んでから答えを確かめてください。
Q1カスタードクリームは決して沸騰させてはいけない
Q2生クリームは湯煎で温めながら泡立てる
Q3クレーム・ディプロマットの構成はカスタード+メレンゲ
Q4クレーム・ムスリーヌはカスタード+生クリーム
Q5クレーム・シブーストはカスタード+生クリーム
Q6クレーム・アングレーズは95℃まで加熱する
Q7ムース(Mousse)はフランス語で『雪』の意味
Q8メレンゲに砂糖は一度に加える
Q9ジェラートはアイスクリームより空気含有量が多い
Q10ソルベには乳製品と卵が入る
Q11グラニテは『氷』の意味
Q12プディングはゼラチンで固める
Q13サブレのバター含有量は小麦粉に対して20%程度
Q14パスティヤージュは砂糖+寒天で作る
Q15バヴァロワはムースより軽い
まとめ
洋菓子のクリームは、でんぷんの糊化(パティシエール)、卵の凝固(アングレーズ)、脂肪の起泡(シャンティイ)、バターの乳化(オ・ブール)という4つの原理に大別され、これらを組み合わせることでディプロマット、ムスリーヌ、シブーストといった複合クリームが生まれる。クレーム・パティシエールはしっかり沸騰させることででんぷんを糊化させ卵黄のアミラーゼを失活させ、クレーム・アングレーズは83℃という凝固ぎりぎりの温度を守り、クレーム・シャンティイは5〜8℃の低温を保つ。いずれも温度管理が品質を決定する。デザート類ではゼラチンによる冷菓(バヴァロワ、ムース)、卵の凝固による温菓(プディング、スフレ)、撹拌凍結による氷菓(アイスクリーム、ソルベ)が区別され、コンフィズリーは砂糖の煮詰め温度によって食感が定まる。焼成のない世界では、温度こそが唯一にして最大の技術である。

