第1部 素材編
米粉
はじめに
米粉は、和菓子の製造において最も重要な粉類である。小麦粉がグルテンによって菓子の骨格を作るのに対し、米粉はグルテンを含まないため、まったく異なる原理で菓子を形成する。米粉の分類は「原料が『うるち米』か『もち米』か」「でんぷんが『生(β)』か『糊化済み(α)』か」という2つの軸によって決まり、この組み合わせが、団子、餅、饅頭、桜餅、落雁といった多様な和菓子を生み出す。本章では、米の性質から米粉の分類、それぞれの用途までを体系的に解説する。
1. 米の基礎知識
1-1. 米の分類
米はイネ科の植物の種子であり、日本人の主食である。日本では水田で栽培する「水稲」がほとんどを占め、畑で栽培する「陸稲(おかぼ)」の栽培量はごくわずかである。
粒の形状により、以下の2つの型に分けられる。
日本型(ジャポニカ種):穀粒が丸みを帯び、炊くと粘りが出る。日本、朝鮮半島、中国北部などで栽培される。
インド型(インディカ種):穀粒が細長く、炊いても粘りが少ない。東南アジア、インドなどで栽培される。
1-2. 米の成分
米の主成分は炭水化物であり、そのほとんどがでんぷんである。水分は約15%、タンパク質は約6%、脂質は約1%を含む。
米を長期間貯蔵すると、含まれる脂質が分解されて遊離脂肪酸が増加し、これが「古米臭」の原因となる。また、ビタミンB1が減少し、味が落ちる。米の保存方法としては、精米せず「もみ米」の状態で貯蔵するのが最良である。
2. うるち米ともち米
2-1. 決定的な違いはでんぷんの構成
米には「うるち米」と「もち米」があるが、両者の最大の違いは、含まれるでんぷんの中のアミロースとアミロペクチンの比率である。
うるち米:アミロース約20%+アミロペクチン約80%。適度な粘りを持つ。日常的に主食として食べる米。上新粉、上用粉、かるかん粉、ビーフンなどの原料。
もち米:アミロペクチンがほぼ100%(アミロースを含まない)。非常に強い粘りを持つ。餅、赤飯、おこわなどに用いられる。餅粉、白玉粉、羽二重粉、道明寺粉などの原料。
アミロペクチンは枝分かれの多い構造を持ち、この分岐が互いに絡み合うことで強い粘りを生む。もち米がアミロペクチン100%であるがゆえに、餅のあの独特な粘り・伸びが生まれる。
2-2. 見分け方
うるち米は半透明で、もち米は乳白色(不透明)である。また、ヨウ素液に浸すと、アミロースを含むうるち米は青紫色に、アミロペクチンのみのもち米は赤紫色に発色する。
3. 米粉の分類
米粉は、以下の2つの軸によって分類される。この分類を理解することが、和菓子の製造理論を理解する上での基礎となる。
軸① 原料:うるち米か、もち米か
軸② でんぷんの状態:生(β)か、糊化済み(α)か
「生(β)」の粉は、そのままでは食べられず、水を加えて加熱(蒸す・ゆでる)することで初めて糊化して食べられるようになる。一方、「糊化済み(α)」の粉は、製造工程ですでに加熱・糊化してあるため、水を加えるだけで(あるいは糖蜜と混ぜるだけで)使用できる。
4. うるち米からつくる米粉
4-1. 生(β)でんぷんの粉
上新粉(じょうしんこ)
うるち米を洗浄・乾燥させて粉砕したもの。和菓子で最も広く使われる米粉である。加熱すると適度な粘りとコシのある食感を生む。串団子(みたらし団子)、柏餅、草餅、ういろうなどに用いられる。
上新粉は生のでんぷんであるため、必ず水を加えてこね、蒸してから使用する。蒸した後に臼でついたり、こねたりすることで、なめらかな生地に仕上げる。
上用粉(じょうようこ)/薯蕷粉(じょうよこ)
うるち米を上新粉よりもさらに細かく精製・粉砕した高級な米粉。粒子が非常に細かいため、なめらかできめ細かい生地になる。薯蕷饅頭(じょうよまんじゅう)に用いられる。ヤマイモ(ツクネイモ、ヤマトイモ)のすりおろしと砂糖を合わせ、この上用粉を加えて生地を作る。
かるかん粉
うるち米を粗めに粉砕したもの。粒子がやや粗く、独特のざらりとした食感を生む。鹿児島県の郷土菓子であるかるかん(軽羹)に用いられる。
4-2. 糊化(α)でんぷんの粉
早並粉(はやなみこ)/落雁粉(らくがんこ)
うるち米を加熱・糊化させてから乾燥・粉砕したもの。すでに糊化されているため、糖蜜と混ぜるだけで生地になる。落雁(らくがん)などの打ち物に用いられる。
うるち上南粉(うるちじょうなんこ)
うるち米を糊化させた後、乾燥・粉砕したもの。粒の大きさによって用途が分かれる。
5. もち米からつくる米粉
5-1. 生(β)でんぷんの粉
餅粉(もちこ)/求肥粉(ぎゅうひこ)
もち米を洗浄・乾燥させて粉砕したもの。加熱すると強い粘りが出る。求肥(ぎゅうひ)、大福、雪平(せっぺい)などに用いられる。
白玉粉(しらたまこ)/寒ざらし粉
もち米を水に浸漬し、水挽き(水とともに磨砕)した後、沈殿させて脱水・乾燥させたもの。伝統的には冬の寒中に水にさらして作られたため「寒ざらし粉」とも呼ばれる。粒子が細かく、なめらかで上質な口当たりを生む。白玉だんご、求肥などに用いられる。
白玉粉と餅粉はいずれももち米が原料だが、製法が異なる(白玉粉は水挽き、餅粉は乾式粉砕)。白玉粉の方がなめらかで上品な食感になる。
羽二重粉(はぶたえこ)
もち米を精製して細かく粉砕したもの。生(β)でんぷんである。羽二重餅などに用いられる。名前の由来は、絹織物の「羽二重」のようになめらかな食感から。
5-2. 糊化(α)でんぷんの粉
道明寺粉(どうみょうじこ)
もち米を蒸して糊化させ、乾燥させた後に粗く砕いたもの。大阪の道明寺で保存食(道明寺糒=ほしいい)として作られたことが名の由来。粒が粗く残っているため、独特のつぶつぶとした食感を生む。関西風の桜餅(道明寺)の代表的な材料である。粒の細かさによって等級が分かれる。
寒梅粉(かんばいこ)
もち米を蒸して糊化させ、焼いて(または乾燥させて)粉砕したもの。梅の花が咲く頃に作られたことが名の由来とされる。糊化済みなので水を加えるだけで粘りが出る。干菓子の打ち物、落雁、桃山、雲平生地などに用いられる。
焼き味甚粉(やきみじんこ)
もち米を糊化させ、焼いてから粉砕したもの。寒梅粉に近い性質を持つ。落雁、打ち物、桃山などに用いられる。
もち上南粉(じょうなんこ)
もち米を糊化させた後、乾燥・粉砕したもの。粒子の大きさによって用途が異なる。装飾用としても使われる。
6. 米粉分類の総まとめ
うるち米 × 生(β)
- 上新粉 → 串団子、柏餅、草餅、ういろう
- 上用粉(薯蕷粉) → 薯蕷饅頭
- かるかん粉 → かるかん
うるち米 × 糊化(α)
- 早並粉(落雁粉) → 落雁
- うるち上南粉 → 各種
もち米 × 生(β)
- 餅粉(求肥粉) → 求肥、大福、雪平
- 白玉粉(寒ざらし粉) → 白玉だんご、求肥
- 羽二重粉 → 羽二重餅
もち米 × 糊化(α)
- 道明寺粉 → 桜餅(道明寺)
- 寒梅粉 → 干菓子の打ち物、落雁、雲平生地
- 焼き味甚粉 → 落雁、打ち物、桃山
- もち上南粉 → 各種
7. その他の米の加工品
ビーフン:うるち米を原料とした米麺。うるち米の粉を練り、麺状に押し出して乾燥させたもの。
α化米(アルファ化米):炊飯した米を急速に乾燥させたもの。でんぷんが糊化(α化)した状態のまま固定されているため、水や湯を注ぐだけで食べられる。非常食・携帯食として利用される。急速乾燥が重要で、ゆっくり乾燥させると途中で老化(β化)してしまう。
きりたんぽ:うるち米の炊いたご飯をつぶして棒状に成形し、焼いたもの。秋田県の郷土料理。
米油(こめ油):米ぬかから抽出した油。
8. 製菓における米粉の特性
8-1. グルテンを形成しない
米粉には小麦粉のようなグルテンを形成するタンパク質が含まれていない。そのため、こねてもグルテンによる粘弾性は生まれず、生地の骨格はでんぷんの糊化とその後の凝固によって形成される。これが、和菓子の食感が洋菓子と根本的に異なる理由である。
近年では、この性質を活かし、グルテンフリー食品(小麦アレルギー対応)の材料として米粉パンや米粉ケーキも作られている。ただし、グルテンがないため膨らみにくく、増粘剤や特別な製法を要する場合が多い。
8-2. でんぷんの糊化と老化が食感を左右する
米粉を使った和菓子は、でんぷんの糊化(α化)によって軟らかくなり、時間の経過とともに老化(β化)して硬くなる。餅や団子が翌日には硬くなるのはこのためである。
老化を防ぐため、和菓子では砂糖を多く配合したり、トレハロースや水飴を加えたりする工夫が行われる。砂糖は保水性によりでんぷんの老化を遅らせる。
8-3. 蒸す・つく・こねる
生(β)の米粉は、水を加えて蒸すことで糊化させる。蒸した後に臼でついたり、こねたりする工程には、以下の意味がある。
- でんぷんを均一に糊化させる
- 生地を均質化し、なめらかにする
- 適度な粘りとコシを引き出す
柏餅において、蒸した生地に浮き粉(小麦でんぷん)を加えて再度蒸す「再蒸し」という工程があるが、これは加えた浮き粉をα化(糊化)させるためである。餡を温める目的ではない。
試験対策:よくある間違いポイント
試験でよく出る「ひっかけ」の文です。正しいか間違いか、選んでから答えを確かめてください。
Q1白玉粉の原料はうるち米
Q2上新粉はもち米が原料
Q3道明寺粉はうるち米が原料
Q4羽二重粉は糊化でんぷん
Q5うるち米はアミロペクチン100%
Q6うるち米はアミロペクチンよりアミロースの割合が高い
Q7ビーフンはもち米からつくられる
Q8α化米は炊いた米を急速冷凍したもの
Q9日本の米のほとんどは陸稲
Q10柏餅の再蒸しは餡を温めるため
まとめ
米粉は和菓子製造の基盤となる粉類であり、その分類は「うるち米かもち米か」「生(β)か糊化済み(α)か」という2軸で整理できる。うるち米はアミロース約20%を含み適度な粘り、もち米はアミロペクチン100%で強い粘りを持つ。上新粉・上用粉はうるち米の生でんぷん、餅粉・白玉粉・羽二重粉はもち米の生でんぷん、道明寺粉・寒梅粉・焼き味甚粉はもち米の糊化でんぷんである。米粉はグルテンを形成しないため、でんぷんの糊化と凝固が生地の骨格を作る。この根本的な違いを理解することが、和菓子と洋菓子の技術的差異を把握する鍵となる。

