製菓理論 第8章:チョコレート

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第1部 素材編

チョコレート

はじめに

チョコレートは、製菓において最も科学的な扱いを要求される素材である。単に溶かして固めるだけでは、艶のない、口どけの悪い、白く粉を吹いた製品になってしまう。美しい光沢とパリッとした食感、そして体温でとろける口どけを実現するには、「テンパリング(調温)」という結晶制御の技術が不可欠である。本章では、カカオ豆の栽培から製造工程、そしてカカオバターの結晶科学までを体系的に解説する。

1. カカオ

1-1. カカオの栽培条件

カカオはアオイ科の常緑樹であり、極めて限られた条件下でしか栽培できない。

気候条件:平均気温20℃以上、年間降雨量1,500mm以上の熱帯雨林地域。赤道を挟んだ南北緯度20度以内の地域が「カカオベルト」と呼ばれる。

最大生産国:コートジボワール(世界生産量の45%程度)。次いでガーナ、インドネシア、エクアドルなど。

1-2. カカオの品種

フォラステロ種:苦味やカカオ感が強く、力強い風味を持つ。病害虫に強く収量が多いため、世界の生産量の80〜90%を占める。一般的なチョコレートの主原料。

クリオロ種:苦味・渋味が少なく、繊細な芳香を持つ高級品種。病害虫に弱く栽培が難しいため、生産量はわずか1〜5%。「カカオの女王」とも呼ばれる。

トリニタリオ種:クリオロ種とフォラステロ種の交雑種。両者の長所を併せ持ち、風味と収量のバランスがよい。

1-3. カカオ豆の発酵

収穫したカカオ豆は、果肉(パルプ)とともに数日間発酵させる。この工程がチョコレートの風味を決定づける。

発酵の前半:果肉に含まれる糖分を、天然酵母がアルコール発酵させる(嫌気性発酵)。

発酵の後半:温度が上昇し、好気性微生物による発酵に移行する。豆の内部で成分が分解され、アミノ酸や糖類が増加する。これにより苦味・渋味が減少し、加熱時にメイラード反応を起こすチョコレートの芳香の前駆物質が生成される。

発酵を経ていないカカオ豆からは、チョコレートらしい香りは生まれない。発酵はチョコレート製造における不可欠な第一歩である。

2. チョコレートの製造工程

発酵・乾燥されたカカオ豆は、以下の工程を経てチョコレートになる。

① 焙焼(ロースト)

110〜140℃で加熱する。メイラード反応により香気成分が生成され、水分が減少し、殺菌も行われる。焙焼温度と時間により風味が大きく変わる。

② 破砕・風選

焙焼した豆を砕き、風力で外皮(シェル)と胚芽を除去する。残った胚乳部分がカカオニブである。

③ 磨砕(グラインディング)

カカオニブをすり潰す。カカオニブは50%以上の脂肪分(カカオバター)を含むため、摩擦熱により脂肪が溶け出し、どろりとしたペースト状になる。これがカカオマスである。

カカオマスから圧搾によりカカオバターを分離し、残った固形分を粉末化したものがココアパウダーである。

④ 混合・微粒化(リファイニング)

カカオマスに砂糖、粉乳、追加のカカオバターなどを混合し、ローラーで25μm以下まで微細化する。人間の舌はおよそ20〜30μm以上の粒子をざらつきとして感知するため、この工程がなめらかな口当たりを決める。

⑤ 精錬(コンチング)

45〜80℃で12〜24時間以上、練り続ける工程。以下の効果がある。

  • 余分な水分と揮発性の酸(酢酸など)を飛ばす
  • 粒子をカカオバターで均一に被覆する
  • なめらかな舌触りと、まろやかな風味を実現する

1879年にスイスのロドルフ・リンツが発明した「コンチング機」により、チョコレートは劇的になめらかになった。

⑥ 調温(テンパリング)

カカオバターの結晶を最適な型に揃える工程。詳細は後述。

⑦ 成形・熟成

型に流し込み、冷却して固める。その後、一定期間熟成させる。

3. チョコレートの構造と口どけ

3-1. チョコレートの構造

チョコレートは、カカオバターの連続相(つながった油脂の相)の中に、グラニュー糖・カカオ固形分・粉乳などの固形粒子が分散した構造をしている。

つまり、チョコレートは「油脂の海に、砂糖とカカオの粒子が浮かんでいる」状態である。この構造ゆえに、油脂であるカカオバターの性質がチョコレート全体の性質を支配する。

3-2. 口どけの科学

カカオバターの脂肪酸組成は、パルミチン酸・ステアリン酸・オレイン酸の3種類が主体である。しかも、グリセリンに結合する位置として、中央(2位)にオレイン酸が位置する構造が多いという特徴がある。

この均質性の高い構造により、カカオバターはわずかな温度変化で全体が一気にとけるという、他の油脂にはない鋭い融解特性を持つ。第7章で述べたSFI(固体脂指数)の変化が、狭い温度範囲で急激に起こるのはこのためである。

融点が体温よりわずかに低いため、口に入れた瞬間にすっと溶け、風味成分が一気に広がる。これがチョコレート特有の官能的な口どけの正体である。

4. テンパリング(調温)

4-1. カカオバターの結晶多形

カカオバターは、冷却条件によってI型からVI型までの6種類の結晶型を形成しうる。これを「結晶多形」と呼ぶ。

各結晶型は融点と安定性が異なり、製菓において適切なのはV型(融点33℃)のみである。

V型の特徴

  • 融点33℃で、体温(36〜37℃)よりわずかに低く、口どけが最良
  • 結晶が緻密で安定している
  • 美しい光沢が出る
  • パリッとした歯切れ(スナップ性)が得られる
  • 収縮するため型から外しやすい

他の結晶型の問題:I〜IV型は不安定で融点が低く、常温で溶けやすい。放置すると徐々に安定なVI型へ転移し、その際に表面に白い粉状の結晶(ファットブルーム)が析出する。

テンパリングとは、チョコレート中のカカオバターの結晶をV型に統一する操作である。

4-2. テンパリングの温度帯

テンパリングは、①融解 → ②冷却 → ③昇温 → ④凝固の4段階で行う。チョコレートの種類により温度が異なる。

スイート(ダーク)チョコレート

  • A 融解:50〜55℃
  • B 冷却:27〜29℃
  • C 昇温:31〜32℃
  • D 凝固:18〜20℃

ミルクチョコレート

  • A 融解:40〜45℃
  • B 冷却:26〜28℃
  • C 昇温:29〜30℃
  • D 凝固:18〜20℃

ホワイトチョコレート

  • A 融解:35〜40℃
  • B 冷却:23〜25℃
  • C 昇温:27〜28℃
  • D 凝固:18〜20℃

ミルク・ホワイトになるほど温度が低いのは、乳脂肪が含まれることでカカオバターの結晶化温度が下がるためである。

各段階の意味

  • 融解:既存の結晶をすべて溶かし、リセットする
  • 冷却:意図的に不安定な結晶を含む多数の結晶核を発生させる
  • 昇温:不安定な結晶(I〜IV型)だけを溶かし、安定なV型の核だけを残す
  • 凝固:残ったV型の核を種として、全体をV型結晶で固める

4-3. テンパリングの3技法

水冷法:溶かしたチョコレートのボウルを冷水(氷水)に当てて撹拌しながら冷却し、その後湯煎で昇温する。大理石を使わないため、少量作業や設備が限られる環境に適する。

タブリール法(タブラージュ法):溶かしたチョコレートの2/3程度を大理石の作業台に流し、パレットナイフで練りながら冷却する。冷えたものを残りに戻して温度を調整する。伝統的な技法。

シード法(フレーク法):溶かしたチョコレートに、細かく砕いたテンパリング済みのチョコレートを「種結晶」として加える。加えたチョコレートのV型結晶が核となり、全体をV型に導く。最も簡便で失敗が少ない。

注意:「煮沸法」というテンパリング技法は存在しない。試験でのひっかけとして出題されることがある。

4-4. パータ・グラッセ

パータ・グラッセは、カカオバターの一部を植物性油脂に置き換えたコーティング用チョコレートである。カカオバターの結晶多形の問題が生じないため、テンパリングが不要で、45〜50℃に溶かしてそのまま使用できる。作業性に優れるが、口どけや風味は本来のチョコレートに劣る。

5. ブルーム現象

チョコレートの表面が白っぽくなる現象を「ブルーム」と呼ぶ。原因により2種類に分けられる。

5-1. ファットブルーム

原因:不適切なテンパリング、または保存中の温度変動により、カカオバターが溶けて表面に移動し、粗大な結晶として再析出する。不安定な結晶型が安定なVI型へ転移する過程でも生じる。

外観:白い粉を吹いたような、まだら模様の斑点。

5-2. シュガーブルーム

原因:冷蔵庫から急に常温に出すなどの温度差により、表面に結露が生じる。この水分がチョコレート表面の砂糖を溶かし、水分が蒸発した後に砂糖が再結晶化して白くなる。

外観:細かい白い結晶が表面を覆う。

5-3. ブルームの影響

ブルームが生じると、外観だけでなく食感・風味もすべて著しく損なわれる。 「見た目が悪くなるだけで味は変わらない」というのは誤りである。ざらついた食感になり、口どけと香りも失われる。

予防法:適切なテンパリング、15〜18℃程度の一定した温度での保存、湿度60%以下の管理、急激な温度変化を避ける、密封保存。

6. チョコレートの種類

ダークチョコレート(スイート/ビター):カカオマス+カカオバター+砂糖。乳製品を含まない。カカオ分の割合により風味が大きく異なる。

ミルクチョコレート:カカオマス+カカオバター+砂糖+粉乳。1875年、スイスのダニエル・ペーターが発明した。まろやかで甘みが強い。

ホワイトチョコレートカカオバター+砂糖+粉乳カカオマスを含まないため、白い色をしている。カカオ由来の苦味・渋味がなく、乳の風味が主体。

クーベルチュール(クーヴェルチュール)カカオバターを31%以上含む製菓用チョコレート。流動性が高く、コーティングや型抜きに適する。テンパリングが必要である。

7. チョコレートを使った製品

ガナッシュチョコレート+生クリームを乳化させたもの。トリュフ、ボンボンショコラのセンター、ケーキのフィリングなどに使用。生クリームの代わりに牛乳やバターを併用する配合もあるが、基本構成はチョコレートと生クリームである。転化糖や水飴を加えて結晶化(シャリ)を防ぐ。

トリュフ・オ・ショコラ:ガナッシュを丸め、ココアパウダーをまぶした菓子。名前は、形状が高級きのこの「トリュフ」に似ていることに由来する。

ムース・オ・ショコラ:チョコレート+パータ・ボンブ+泡立てた生クリームによる軽い食感のデザート。

ガトー・オ・ショコラ:チョコレートケーキの総称。バターとチョコレートを溶かし、卵黄・砂糖を加え、メレンゲと合わせて焼く。

ザッハートルテ:オーストリアの代表的チョコレートケーキ。チョコレート生地にアプリコットジャムを塗り、ショコラグラズールで仕上げる。

チョコレートの歴史(補足)

1828年:オランダのファン・ハウテンが、カカオバターの圧搾抽出法とアルカリ処理法(ダッチプロセス)を発明。粉末のココアが誕生した。

1847年:イギリスのJ.S.フライ社が、カカオマスに圧搾したカカオバターと砂糖を再び混合し、世界初の固形板チョコレートを開発・販売。「飲むチョコレート」から「食べるチョコレート」への転換点となった。

1875年:スイスのダニエル・ペーターが、粉乳を混合してミルクチョコレートを発明。

1879年:スイスのロドルフ・リンツがコンチング機を発明。滑らかな口どけを実現した。

試験対策:よくある間違いポイント

試験でよく出る「ひっかけ」の文です。正しいか間違いか、選んでから答えを確かめてください。

Q1テンパリングの最適結晶型はVI型

正しくは:最適はV型(融点33℃)。VI型は転移後の結晶でブルームの原因となる。

Q2ブルームが生じても食感や風味は変わらない

正しくは:外観だけでなく食感・風味とも著しく損なわれる。

Q3ホワイトチョコレートにカカオマスが含まれる

正しくは:ホワイトチョコレートは「カカオバター+砂糖+粉乳」。カカオマスは含まない。

Q4パータ・グラッセにはテンパリングが必要

正しくは:パータ・グラッセはテンパリング不要。溶かしてそのまま使用できる。

Q5テンパリング方法に煮沸法がある

正しくは:テンパリング技法は水冷法・タブリール法・シード(フレーク)法の3つ。煮沸法は存在しない。

Q6ガナッシュの基本構成はチョコレート+バター

正しくは:ガナッシュの基本構成は「チョコレート+生クリーム」。

Q7クリオロ種が世界の生産量の大半を占める

正しくは:大半(80〜90%)を占めるのはフォラステロ種。クリオロ種は1〜5%と希少。

Q8カカオ豆の発酵はチョコレートの風味に関係しない

正しくは:発酵によりアミノ酸・糖類が増加し、芳香の前駆物質が生成される。極めて重要な工程。

Q9クーベルチュールはカカオバター15%以上

正しくは:クーベルチュールはカカオバター31%以上。

Q10ビター種とスイート種の区別があるのはカシューナッツ

正しくは:ビター種とスイート種があるのは「アーモンド」。
結果:

まとめ

チョコレートはカカオバターの連続相に砂糖・カカオ固形分が分散した構造を持ち、その品質はカカオバターの結晶制御に依存する。カカオ豆はフォラステロ種が生産の大半を占め、発酵工程で芳香の前駆物質が生成される。製造は焙焼・破砕・磨砕・微粒化・精錬・調温・成形の順に進み、特にコンチング(45〜80℃で12〜24時間以上)がなめらかさを決める。カカオバターにはI〜VI型の6つの結晶型があり、テンパリングにより融点33℃のV型に統一することで、光沢・スナップ性・口どけが得られる。テンパリングの失敗や温度変動はファットブルームを、結露はシュガーブルームを招き、いずれも外観・食感・風味のすべてを損なう。チョコレートを扱う技術とは、すなわち結晶を制御する技術である。

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