製菓理論 第12章:乳化剤・安定剤

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第2部 機能材料編

乳化剤・安定剤

はじめに

水と油は混ざらない。この当たり前の事実を乗り越えることで、クリーム、アイスクリーム、ガナッシュ、マヨネーズといった菓子が生まれる。それを可能にするのが乳化剤である。また、とろみを与え、離水を防ぎ、時間が経っても品質を保つのが安定剤・増粘剤の役割である。

第5章では卵黄のレシチンを「天然の乳化剤」として扱った。本章では、食品添加物としての乳化剤・安定剤を含めて、その原理と働きを体系的に解説する。これらは配合量が全体の1%にも満たない微量材料でありながら、製品の食感・保存性・作業性を根本から左右する。

1. 乳化の基礎

1-1. 乳化とは

乳化(エマルション化)とは、本来混ざり合わない2つの液体の一方を、微細な粒子として他方の中に分散させ、安定した状態を作ることである。できあがった状態をエマルション(エマルジョン)と呼ぶ。

1-2. 乳化の2つの型

水中油滴型(O/W型:Oil in Water):水の中に油が微細な粒子として分散している状態。
代表例:牛乳、生クリーム、マヨネーズ、アイスクリーム、乳飲料

油中水滴型(W/O型:Water in Oil):油の中に水が微細な粒子として分散している状態。
代表例:バター、マーガリン

第6章で学んだとおり、牛乳(O/W型)からバター(W/O型)への変化は、チャーニングとワーキングによる乳化型の逆転(相転移)である。

1-3. 乳化剤の働く仕組み

乳化剤の分子は、水になじむ親水基と、油になじむ親油基(疎水基)の両方を分子内に持っている。

この分子が水と油の界面(境界面)に整列すると、界面張力が低下する。その結果、一方が微細な粒子となって他方に分散でき、しかもその状態が安定して保たれるようになる。

乳化剤は化学的には界面活性剤の一種である。食品用乳化剤は、すべて非イオン界面活性剤に分類される。

2. HLB値

2-1. HLB値とは

HLB(Hydrophile-Lipophile Balance)とは、乳化剤の親水性と親油性のバランスを表す指標である。

0から20までの数値で示され、数値が小さいほど親油性が高く、大きいほど親水性が高い。

2-2. HLB値と用途の関係

HLB値によって、その乳化剤が得意とする用途が決まる。

HLB 低い(親油性が強い) → W/O型乳化に適する。マーガリン、ショートニング、チョコレートなど油相が連続相の製品。

HLB 高い(親水性が強い) → O/W型乳化に適する。ホイップクリーム、アイスクリーム、乳飲料など水相が連続相の製品。

実務では、目的の製品に合わせてHLB値の異なる乳化剤を選択したり、複数をブレンドしてHLB値を調整したりする。

3. 乳化剤の多様な機能

乳化剤という名称から「水と油を混ぜるだけのもの」と誤解されやすいが、実際には製菓・製パンにおいて極めて多様な機能を果たす。

3-1. 乳化

水と油を安定に分散させる。最も基本的な機能。

3-2. 分散

微粉末など粒子の細かい固体を、液体中に安定して分散させる。ココア飲料でココアパウダーが沈殿せずに均一に分散するのは、この働きによる。

3-3. 可溶化

水に溶けにくい物質を分散させ、水に溶けたかのような透明な状態にする。一般的な乳化では液体が白濁したままだが、可溶化では透明になる。香料やビタミンを飲料に添加する際に用いられる。

3-4. 起泡

気泡の形成を助け、安定させる。スポンジケーキの気泡安定、ホイップクリームの泡立ちの向上などに利用される。製菓用の「ケーキ用乳化剤(スポンジケーキ用起泡剤)」がこれにあたる。

3-5. 消泡

逆に、不要な泡を消す働きも持つ。豆腐製造時の泡消しなどに用いられる。同じ乳化剤でも、種類や使用条件により起泡と消泡の正反対の作用を示す点が興味深い。

3-6. でんぷんの老化防止

乳化剤の分子がでんぷん(特にアミロース)と複合体を形成し、でんぷん分子の再結晶化(老化)を抑制する。パンやケーキのしっとり感を長持ちさせる「日持ち向上」の主要な仕組みである。

3-7. 油脂の結晶化調整

チョコレートにおいて、カカオバターの結晶を安定化させ、ブルームの発生を抑制する。また粘度を下げて作業性を向上させる。

3-8. タンパク質への作用

製パンにおいて、グルテンの伸展性を高め、生地のガス保持力を向上させる。これによりパンのボリュームが増し、きめが細かくなる。

3-9. 離型性の向上

焼き型から製品が外れやすくなる。「離型剤」として使われる場合もある。

3-10. 湿潤

粉体が水になじみやすくする。粉末飲料が溶けやすくなるのはこの作用による。

4. 主な食品用乳化剤

日本の食品衛生法で食品用乳化剤として使用が認められているものには、グリセリン脂肪酸エステル、有機酸モノグリセリド、ポリグリセリン脂肪酸エステル、プロピレングリコール脂肪酸エステル、ソルビタン脂肪酸エステル、ショ糖脂肪酸エステル、レシチン、酵素分解レシチンなどがある。

4-1. グリセリン脂肪酸エステル(モノグリセリド)

親水基としてグリセリン、親油基として脂肪酸がエステル結合したもの。

安価で応用範囲が広いため、乳化剤の中では最も多く使用されている。 一般的な乳化のほか、油脂の改質剤、でんぷん食品の改質剤、起泡剤、消泡剤、日持ち向上剤としても用いられる。

4-2. ショ糖脂肪酸エステル(シュガーエステル)

ショ糖(砂糖)と食用油脂由来の脂肪酸から作られる乳化剤。

ショ糖が持つ8個の水酸基に脂肪酸を結合させたもので、結合させる脂肪酸の種類とエステル化度により、HLB値1〜16程度まで幅広い製品を作り分けられるのが最大の特徴である。

乳化剤の中では比較的HLB値が高く、パンやケーキの劣化抑制、マーガリン・ショートニング・アイスクリームの乳化安定、チョコレートの結晶抑制と粘度低下防止、ビスケット、乳飲料、プリンなどに幅広く使用される。

4-3. ポリグリセリン脂肪酸エステル

グリセリンを脱水縮合したポリグリセリンに脂肪酸を結合させたもの。最大12個の脂肪酸を結合でき、HLBの幅が非常に広いため、他の乳化剤より広い範囲で利用できる。

4-4. ソルビタン脂肪酸エステル

ソルビトールを親水基として脂肪酸とエステル化したもの。油脂への乳化力が強く、W/O型・O/W型どちらの乳化にも用いられる。乳飲料やアイスクリームの乳化安定、ショートニングやクリーム類のクリーミーさ向上などに使用される。

4-5. レシチン

卵黄や大豆に由来する天然の乳化剤。分類上はリン脂質である。

卵黄レシチン:カスタードクリーム、マヨネーズ、アイスクリームなどで働く。第5章参照。

大豆レシチン:大豆油製造の副産物として得られるため安価。卵黄レシチンより乳化力はやや弱いが、変質しにくい。市販のレシチンはほとんどが大豆レシチンである。チョコレートの粘度調整に広く使用される。

なお、大豆レシチンについてはアレルギー反応の可能性や、遺伝子組換え大豆使用の指摘がある点にも留意が必要である。

5. 安定剤・増粘剤・ゲル化剤

5-1. 3つの呼び名と用途

これらは同じ物質群を指すが、使用目的によって呼び分けられる。食品表示上は「安定剤」「増粘剤」「ゲル化剤」「糊料」の4つの名称から、製造者が用途に応じて選んで表示できる。

増粘剤:とろみをつける目的
ゲル化剤:固める目的(第10章の凝固剤がこれにあたる)
安定剤:成分の分離や沈殿を防ぐ目的
糊料:上記の総称

5-2. 主な増粘安定剤

ローカストビーンガム:イナゴマメの種子由来。単独ではゲル化しないが、カラギーナンや寒天と併用すると弾力を高め、離水を抑制する。冷凍対応のゼリーによく用いられる。

キサンタンガム:微生物発酵により生産される多糖類。少量で強い粘性を示し、耐酸性・耐塩性・耐熱性に優れる。ソースやドレッシングの安定に使用。

グアーガム:グアー豆由来。冷水にも溶け、強い粘性を示す。アイスクリームの氷結晶粗大化防止などに用いられる。

アラビアガム:アカシアの樹液由来。粘性は低いが乳化安定性に優れる。糖衣掛け、香料の乳化などに使用。

タマリンドシードガム:タマリンドの種子由来。耐熱性・耐酸性に優れ、でんぷんの老化防止にも効果がある。

ペクチン・カラギーナン・寒天・ゼラチン:ゲル化目的では凝固剤として扱う(第10章参照)。少量使用時は増粘剤・安定剤として機能する。

5-3. 製菓における安定剤の役割

アイスクリーム:氷結晶の粗大化を防ぎ、なめらかな口当たりを保つ。保形性を高め、溶けにくくする。

ホイップクリーム:泡の安定性を高め、離水を防ぐ。植物性ホイップクリームには安定剤が配合されている。

ムース・ゼリー:離水を抑え、冷凍耐性を高める。

ソース・ナパージュ:適度な粘度を与え、流れ落ちないようにする。

6. 食品表示上の扱い

6-1. 一括名表示

乳化剤は一括名表示が認められている添加物であり、個別の物質名を記さず「乳化剤」とのみ表示できる。

一括名表示が認められているのは14種類で、イーストフード、ガムベース、かんすい、苦味料、酵素、香料、酸味料、軟化剤、調味料、豆腐用凝固剤、乳化剤、pH調整剤、膨脹剤、光沢剤である。

6-2. 用途名併記が必要なもの

一方、増粘剤・安定剤・ゲル化剤・糊料は「用途名と物質名の併記」が必要な8用途の一つである。そのため「増粘剤(ペクチン)」「安定剤(キサンタンガム)」のように表示される。

用途名併記が必要な8用途は、甘味料、着色料、保存料、増粘剤・安定剤・ゲル化剤・糊料、酸化防止剤、発色剤、漂白剤、防カビ剤(防ばい剤)である。

6-3. アレルギー表示

大豆レシチンを使用した場合、「乳化剤(大豆由来)」のようにアレルギー情報を併記する必要がある。卵黄レシチンの場合は「(卵由来)」となる。

7. 天然の乳化剤を活かす

食品添加物としての乳化剤を使わずとも、素材そのものが持つ乳化力を活かすことができる。

卵黄:レシチンによる乳化。カスタードクリーム、アイスクリーム、バタークリーム、マヨネーズ。

牛乳・生クリーム:乳タンパク質(カゼイン)が乳化を助ける。

はちみつ:わずかながら乳化安定効果がある。

マスタード:粘液質が乳化を安定させる。マヨネーズに加えられる理由の一つ。

伝統的な菓子製法は、これら素材由来の乳化力を経験的に活用してきた。乳化剤の理論を知ることは、なぜ「卵を少しずつ加える」「よく混ぜる」といった作業が必要なのかを理解することでもある。

試験対策:よくある間違いポイント

試験でよく出る「ひっかけ」の文です。正しいか間違いか、選んでから答えを確かめてください。

Q1乳化剤の機能は乳化のみである

正しくは:乳化のほか、分散・可溶化・起泡・消泡・でんぷん老化防止・油脂結晶化調整・タンパク質への作用など多様な機能を持つ。

Q2HLB値が小さいほど親水性が高い

正しくは:HLB値は小さいほど「親油性」が高く、大きいほど親水性が高い。

Q3HLB値は0から100までの数値

正しくは:HLB値は「0から20」までの数値で示される。

Q4マヨネーズは油中水滴型(W/O型)である

正しくは:マヨネーズは「水中油滴型(O/W型)」。W/O型はバター・マーガリン。

Q5レシチンは合成の乳化剤である

正しくは:レシチンは卵黄や大豆に由来する「天然」の乳化剤(リン脂質)。

Q6中性脂肪は油脂を乳化させる働きがある

正しくは:乳化作用があるのは「リン脂質(レシチン)」。中性脂肪にはない。

Q7乳化剤は用途名の併記が必要

正しくは:乳化剤は「一括名表示」が認められており、「乳化剤」とだけ表示できる。用途名併記が必要なのは増粘剤・安定剤・ゲル化剤など。

Q8増粘剤は一括名表示でよい

正しくは:増粘剤・安定剤・ゲル化剤・糊料は「用途名と物質名の併記」が必要。

Q9ショ糖脂肪酸エステルは砂糖から作られるので甘い

正しくは:ショ糖を親水基として脂肪酸を結合させたものであり、甘味料ではなく乳化剤として働く。

Q10ローカストビーンガムは単独でゲル化する

正しくは:単独ではゲル化しない。カラギーナンなどと併用して弾力を高め、離水を抑制する。
結果:

まとめ

乳化とは、混ざり合わない水と油の一方を微細な粒子として他方に分散させ、安定させることである。乳化剤は親水基と親油基を併せ持つ界面活性剤であり、その親水・親油バランスを示す指標がHLB値(0〜20、小さいほど親油性)である。乳化剤は水と油を混ぜるだけでなく、分散・可溶化・起泡・消泡・でんぷんの老化防止・油脂の結晶化調整・グルテンへの作用など多彩な機能を持ち、製品の食感・保存性・作業性を左右する。主な乳化剤にはグリセリン脂肪酸エステル(最も汎用)、ショ糖脂肪酸エステル(HLBの幅が広い)、レシチン(天然由来)などがある。安定剤・増粘剤は離水防止や粘度付与を担い、冷凍耐性の向上にも寄与する。表示上、乳化剤は一括名表示が可能だが、増粘剤・安定剤は用途名併記が必要である点も押さえておきたい。

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