製菓理論 第13章:食塩・酒類・香辛料・香料・着色料

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第3部 風味材料編

食塩・酒類・香辛料・香料・着色料

はじめに

菓子において「味」は甘さだけで決まるものではない。ひとつまみの塩が甘さを引き立て、一滴の洋酒が香りに奥行きを与え、ひとふりの香辛料が菓子の個性を決める。これらの材料は配合量こそごく僅かだが、その有無で製品の完成度は大きく変わる。本章では、風味を司る材料群――食塩、酒類、香辛料、香料、そして視覚に訴える着色料について体系的に解説する。

1. 食塩

1-1. 基本情報

食塩の主成分は塩化ナトリウム(NaCl)である。製法により以下のように分類される。

精製塩:イオン交換膜法などで塩化ナトリウム純度を高めたもの(99%以上)。くせのない塩味。

並塩・原塩:精製度がやや低く、にがり成分(塩化マグネシウム等)を含む。

天日塩・自然塩:海水を天日で乾燥させたもの。ミネラル分を多く含み、まろやかな塩味と複雑な風味を持つ。

岩塩:地層に堆積した塩を採掘したもの。産地により風味が異なる。

1-2. 製菓における食塩の役割

①甘味の引き立て(対比効果)

異なる味を組み合わせたとき、一方の味が強められる現象を味の対比効果という。少量の塩味は甘味を強く感じさせる。あんこに塩を加える、スイカに塩をふる、キャラメルに塩を加えるといった手法は、すべてこの原理による。

和菓子の水羊羹では、塩は仕上がり際に加えるのが基本である。甘みを整え、水っぽさを消す効果がある。

②グルテンの強化

食塩はグルテンのコシ(弾力性)を強くする。製パンにおいて食塩が不可欠なのは、味付けだけでなくグルテンを引き締めてガス保持力を高めるためである(第2章参照)。

③発酵の調整

食塩は酵母の活動をゆるやかに抑制する。パン生地に食塩を加えることで、発酵が急激に進みすぎるのを防ぎ、安定した発酵をもたらす。

④防腐効果

高濃度の食塩は浸透圧により水分活性を下げ、微生物の繁殖を抑制する。

⑤風味の輪郭づけ

塩は味全体の輪郭をはっきりさせる。バターケーキやクッキーに少量の塩を加えると、バターや小麦の風味がより明確になる。無塩バターを使う製菓において、別途食塩を加えるのはこのためである。

1-3. 味の相互作用

対比効果:異なる味が合わさり、一方が強調される。例:甘味+少量の塩味 → 甘味が強まる。

相乗効果:同系統の味が合わさり、相乗的に強まる。例:グルタミン酸+イノシン酸 → うま味が飛躍的に強まる。

抑制効果(相殺効果):一方の味が他方を弱める。例:コーヒーの苦味+砂糖 → 苦味が和らぐ。

2. 酒類

2-1. 酒類の3分類

酒類は製法により、醸造酒・蒸留酒・混成酒の3つに分類される。

醸造酒

原料を発酵させただけの酒。アルコール度数は比較的低い。

種類原料
ワインブドウ
日本酒(清酒)
ビール麦(大麦麦芽)

蒸留酒

醸造酒を蒸留してアルコール度数を高めた酒。

種類原料
ブランデー果実(ブドウ等)
ウイスキー麦(大麦等)
ラム酒サトウキビ(糖蜜)
キルシュワッサーサクランボ
ウォッカ穀類(ライ麦等)
泡盛米(タイ米)

原料の組み合わせは試験頻出である。 特にブランデー(果実)とウイスキー(麦)、ラム酒(サトウキビ)とウォッカ(穀類)の区別は確実に押さえたい。

混成酒(リキュール)

蒸留酒に果実、香草、砂糖などを加えて風味をつけた酒。

種類主な香りの由来
グラン・マルニエオレンジ
コアントローオレンジ

このほか、カルーア(コーヒー)、アマレット(杏仁)、フランボワーズリキュール(木苺)など、製菓で使われるリキュールは多岐にわたる。

2-2. 製菓における酒類の役割

香りの付与:最も主要な役割。ラム酒はドライフルーツやカスタードと、キルシュワッサーはチェリーやチョコレートと、グラン・マルニエは柑橘と相性がよい。

風味の複雑化:単調になりがちな甘味に奥行きを与える。

保存性の向上:アルコールには防腐効果がある。ドライフルーツの洋酒漬け、シュトレンなどは、アルコールにより日持ちが向上する。

アンビバージュ(シロップ打ち):スポンジ生地にリキュール入りのシロップを打つことで、しっとり感と香りを同時に与える。

生地の調整:アルコールはグルテンを軟らかくし、伸展性を高める(第2章参照)。

サヴァラン:発酵生地を焼いた後にシロップに浸す菓子。ラム酒を効かせたシロップが特徴である。

2-3. 使用上の注意点

アルコールの残留:加熱によりアルコールは揮発するが、完全には飛ばない。冷菓や生菓子では特にアルコールが残るため、子ども向けの製品や販売時の表示に注意が必要である。

加えるタイミング:香りを活かしたい場合は、加熱後の粗熱がとれてから加える。高温で加えると香気成分が飛んでしまう。

3. 香辛料(スパイス)

3-1. 香辛料の4分類

香辛料は、その主たる働きによって以下の4つに分類される。

芳香性(香りを与える)

オールスパイス、アニス、バジル、シナモン、ナツメグ、クローブ、カルダモン、バニラなど。

製菓での用途:シナモンはアップルパイ、シナモンロール。ナツメグとクローブは焼き菓子やパン・デピス。カルダモンは北欧の焼き菓子。

辛味性(辛味を与える)

ショウガ、ワサビ、コショウ、トウガラシ、マスタードなど。

製菓での用途:ジンジャークッキー、ジンジャーブレッド、ショウガを効かせた和菓子。

脱臭性(臭みを消す)

ガーリック、ベイリーフ(月桂樹)、セージ、タイムなど。主に料理で用いられる。

着色性(色を与える)

パプリカ、ターメリック(ウコン)、サフランなど。

製菓での用途:サフランは高級焼き菓子やブリオッシュの色付けと香りづけに用いられる。

3-2. バニラ

製菓において最も重要な香辛料。ラン科の植物の果実(バニラビーンズ)を発酵・乾燥(キュアリング)させて製造する。

主な香気成分:バニリン。

製品形態

  • バニラビーンズ:さやのまま。さやを裂いて種をしごき出して使う。最も豊かな香り。
  • バニラエッセンス:アルコール抽出。加熱しない製品向き(アルコールとともに香りが飛ぶため)。
  • バニラオイル:油性抽出。加熱する焼き菓子向き(熱に強い)。
  • バニラペースト:種入りのペースト状。使いやすく見た目にも種が残る。

重要な使い分け:エッセンス=冷菓、オイル=焼き菓子。この区別は実務上も試験上も重要である。

バニリンは天然のバニラ由来のほか、合成香料としても製造されている。

3-3. シナモン

クスノキ科の樹皮を乾燥させたもの。主な香気成分はシンナムアルデヒド。

セイロンシナモン:繊細で上品な香り。「真のシナモン」とも呼ばれる。
カシア(中国桂皮):香りが強く、やや辛味がある。日本の「ニッキ」はこの系統。

4. 香料(フレーバー)

4-1. 香料の分類

天然香料:動植物から抽出した香料。バニラ、レモン、ミントなど。天然香料は約600品目が食品添加物として認められている。

合成香料:化学的に合成した香料。バニリン、アセト酢酸エチル(果実様の香り)など。

食品表示上、香料は一括名表示が認められている14種類の一つであり、「香料」とのみ表示できる。着香の目的に限って使用が認められている。

4-2. 剤型による4分類

香料は、その形態により以下の4種類に分けられる。

水溶性香料(エッセンス)

アルコールまたはアルコール水溶液に香料を溶かしたもの。

特徴:熱に弱く、加熱すると香りが飛びやすい。
用途:ゼリー、ムース、アイスクリーム、飲料など加熱しない製品

油性香料(フレーバーオイル)

食用油やプロピレングリコールなどに香料を溶かしたもの。

特徴:熱に強く、加熱しても香りが残りやすい。
用途:クッキー、ケーキ、パンなど加熱する製品

乳化性香料

乳化剤を用いて香料を水中に分散させたもの。

特徴:不透明な液体。清涼飲料水などで白濁効果(クラウディ)も兼ねる。
用途:飲料、アイスクリーム。

粉末香料

香料をデキストリンなどで包み込み(マイクロカプセル化)、粉末化したもの。

特徴:保存性が高く、計量しやすい。徐々に香りが放出される。
用途:粉末飲料、プレミックス粉、インスタント食品。

4-3. 主な香気成分

製菓に関わる代表的な香気成分を挙げる。

食品香気成分
レモン・柑橘類リモネン、シトラール
バナナ酢酸イソアミル
モモγ-ウンデカラクトン
ブドウアントラニル酸メチル
バニラバニリン
シナモンシンナムアルデヒド
ハッカメントール
マツタケマツタケオール(ケイ皮酸メチル)

5. 着色料

5-1. 着色料とは

食品に色を付けるための添加物。「色をつける」のが着色料であり、「色調を安定させる」のは発色剤である。この区別は試験で頻出する。

5-2. 着色料の種類

タール色素(合成着色料):食用赤色2号、食用黄色4号など12種類が指定されている。加えてアルミニウムレーキ8種がある。鮮やかで安定した発色が特徴。

天然着色料:β-カロテン(橙〜黄)、コチニール色素(赤)、クチナシ色素(黄・青)、紅麹色素(赤)、銅クロロフィル(緑)など。

5-3. 使用上の規制

使用禁止食品:鮮魚介類、食肉、野菜への着色料使用は禁止されている。鮮度をごまかす目的での使用を防ぐためである。

タール色素の製品検査:タール色素は製品検査を受け、合格証紙を貼付しなければ販売できない。

表示:着色料は「用途名と物質名の併記」が必要な8用途の一つである。「着色料(赤102)」のように表示される。

5-4. 製菓における着色

和菓子:練切やこなしの着色は、作業台に手蜜を塗って色素を垂らして広げ、その上で生地をもむときれいに混ざる。

天然素材による着色:抹茶(緑)、かぼちゃパウダー(黄)、紫芋パウダー(紫)、ココアパウダー(茶)、ビーツパウダー(赤)など、素材そのものを使う手法もある。風味も同時に付与される点が利点である。

色素の性質を利用する:アントシアニン系色素は酸性で赤、アルカリ性で青に変化する。この性質を利用した菓子もある。

6. 酸味料

製菓では、レモン汁やクエン酸などの酸も重要な風味材料である。

主な酸味成分:クエン酸(柑橘)、酒石酸(ブドウ)、リンゴ酸(リンゴ)、乳酸(ヨーグルト)、酢酸(酢)。

製菓における役割

  • 甘さを引き締め、味に立体感を与える
  • HMペクチンのゲル化に必須(第10章参照)
  • 砂糖の転化を促進し、結晶化を防ぐ
  • メレンゲの安定化(レモン汁、クリームターター)
  • アントシアニン系色素を鮮やかな赤に保つ

食品表示上、酸味料も一括名表示が認められた14種類の一つである。

試験対策:よくある間違いポイント

試験でよく出る「ひっかけ」の文です。正しいか間違いか、選んでから答えを確かめてください。

Q1ブランデーの原料は麦

正しくは:ブランデーの原料は「果実(ブドウ等)」。麦はウイスキー。

Q2ラム酒の原料はブドウ

正しくは:ラム酒の原料は「サトウキビ(糖蜜)」。

Q3ウォッカの原料はブドウ

正しくは:ウォッカの原料は「穀類(ライ麦等)」。

Q4泡盛の原料は大麦

正しくは:泡盛の原料は「米(タイ米)」。

Q5キルシュワッサーの原料はリンゴ

正しくは:キルシュワッサーの原料は「サクランボ」。

Q6バニラエッセンスは焼き菓子に適している

正しくは:エッセンスはアルコール性で熱に弱いため「冷菓」向き。焼き菓子には「バニラオイル」。

Q7ショウガは芳香性の香辛料

正しくは:ショウガは「辛味性」。芳香性はシナモン、バニラ、アニス等。

Q8サフランは辛味性の香辛料

正しくは:サフランは「着色性」。

Q9着色料は食品の色調を安定させるものである

正しくは:色調を安定させるのは「発色剤」。着色料は「色をつける」もの。

Q10着色料は一括名表示でよい

正しくは:着色料は「用途名と物質名の併記」が必要。一括名表示が認められているのは香料・酸味料・乳化剤・膨脹剤など14種類。

Q11着色料は鮮魚介類にも使用できる

正しくは:鮮魚介類・食肉・野菜への着色料使用は「禁止」されている。

Q12ケイ皮酸メチルはバナナの香気成分

正しくは:ケイ皮酸メチルは「マツタケ」。バナナは「酢酸イソアミル」。

Q13食塩は酵母の発酵を促進する

正しくは:食塩は酵母の活動を「抑制」し、発酵を安定させる。

Q14味の対比効果とは一方の味が弱まることである

正しくは:対比効果は一方の味が「強められる」現象。弱まるのは抑制効果(相殺効果)。
結果:

まとめ

風味材料は配合量こそ僅かだが、菓子の完成度を決定づける。食塩は対比効果により甘味を引き立て、グルテンを強化し、発酵を安定させ、風味の輪郭を明確にする。酒類は醸造酒・蒸留酒・混成酒に分類され、それぞれの原料の組み合わせは確実に押さえるべき知識である。香辛料は芳香性・辛味性・脱臭性・着色性の4つに分けられ、製菓ではバニラとシナモンが中心的存在となる。香料は水溶性(エッセンス、冷菓向き)、油性(オイル、焼き菓子向き)、乳化性、粉末の4剤型があり、加熱の有無で使い分ける。着色料は「色をつける」もので、発色剤の「色調を安定させる」機能とは区別される。これら風味材料を理解し、目的に応じて適切に選び、適切なタイミングで加えることが、菓子に個性と完成度をもたらす。

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