衛生法規 第一部 総論
法の基礎と衛生行政
はじめに
衛生法規とは、国民の健康を守るために定められた法律や命令の総称である。製菓衛生師試験では全体の約5%(60問中3問程度)と配分は小さいが、数字・機関名・法律名の組み合わせを正確に覚えていれば確実に得点できる科目である。
本章では、個別の法律を学ぶ前提として、法とは何か、法にはどのような種類と優先順位があるか、衛生法規はどのように分類されるか、そして衛生行政を担う機関はどこか、を整理する。第2章以降に登場する「誰が免許を与えるのか」「誰が基準を定めるのか」という問いは、すべて本章の知識の上に成り立っている。
なお、本書は令和8年(2026年)9月時点の法令にもとづいて記述する。食品衛生の分野は近年改正が相次いでおり、古い教材や過去問と答えが異なる箇所がある。そのような箇所には、試験対策の欄で旧制度との違いを明記する。
1. 社会規範と法
1-1. 社会規範の種類
人が集団で暮らすためには、互いに守るべき決まりが必要となる。この決まりを社会規範という。社会規範には主に次の3つがある。
| 種類 | 内容 | 違反したとき |
|---|---|---|
| 道徳 | 良心にもとづく心の決まり(例:人を傷つけてはならない) | 周囲からの非難を受けることはあるが、国家による制裁はない |
| 慣習 | 長く続いてきたならわし(例:年始のあいさつ) | 仲間外れなど、社会的な不利益にとどまる |
| 法 | 国家などが定め、守ることを強制する決まり | 刑罰・過料・行政処分など、国家による制裁を受ける |
1-2. 法の特徴
法が道徳や慣習と異なる点は、次の2つである。
- 強制力をもつ。 違反した者には、国家が刑罰や処分を科すことができる。
- 外面的な行為を対象とする。 法が規制できるのは、行為として外に現れたものに限られる。心の中で何を考えているかは、法の対象とならない。
2. 法の種類と効力の順位
2-1. 成文法と不文法
| 分類 | 内容 | 例 |
|---|---|---|
| 成文法 | 文章の形で定められた法 | 憲法、法律、政令、省令、告示、条例、規則、条約 |
| 不文法 | 文章の形をとらない法 | 慣習法、判例法 |
日本は成文法を中心とする国であり、成文法が不文法に優先する(成文法主義)。
2-2. 成文法の種類
| 種類 | 定める者 | 内容・例 |
|---|---|---|
| 憲法 | 国民(制定・改正には国民投票が必要) | 国の最高法規。日本国憲法 |
| 法律 | 国会 | 憲法の範囲内で定める。製菓衛生師法、食品衛生法など |
| 政令 | 内閣 | 法律を実施するための命令。「施行令」と呼ばれることが多い。製菓衛生師法施行令など |
| 内閣府令・省令 | 内閣総理大臣・各省大臣 | 法律や政令を補う細かな決まり。「施行規則」と呼ばれることが多い。製菓衛生師法施行規則(厚生労働省令)、食品表示基準(内閣府令)など |
| 告示 | 各大臣など行政機関 | 決定事項を広く知らせるもの。製菓衛生師試験基準、食品・添加物等の規格基準など |
| 条例 | 地方公共団体の議会 | その地域でのみ効力をもつ。法律の範囲内で定める |
| 規則 | 地方公共団体の長(知事・市町村長) | 条例を補う、長が定める決まり。施行細則など |
| 条約 | 内閣が締結し、国会が承認 | 国家間の取り決め |
罰則の上限(地方自治法)
- 条例:2年以下の拘禁刑、100万円以下の罰金、拘留、科料、没収、または5万円以下の過料を科すことができる
- 規則:5万円以下の過料を科すことができる
※ 令和7年(2025年)6月1日の刑法改正施行により、「懲役」と「禁錮」は廃止され、「拘禁刑」に一本化された。古い教材で「懲役」と書かれている箇所は、現在は「拘禁刑」と読み替える。
2-3. 効力の優劣
法には上下関係があり、下位の法は上位の法に反する内容を定めることができない。試験で問われる順序は次のとおりである。
憲法 > 法律 > 政令 > 内閣府令・省令 >(告示)> 条例 > 規則
- 条例は「法律の範囲内で」制定できる(日本国憲法第94条)。したがって、国の法令に反する条例は定められない。
- 規則は、条例を補うものであり、条例に反することはできない。
上下関係のほかに、同じ効力の法どうしがぶつかったときの原則として、次の2つがある。
| 原則 | 内容 |
|---|---|
| 特別法は一般法に優先する | 特定の分野について定めた法が、広く一般に定めた法より先に適用される |
| 後法は前法に優先する | 同じ効力の法であれば、新しく定められた法が古い法より先に適用される |
2-4. 条文の読み方
法律の文章には決まった組み立てと言い回しがあり、試験のひっかけの多くはここを突いてくる。
条文の組み立て
- 条:条文の基本単位(例:第6条)
- 項:条の中の段落。2項目以降は「2」「3」と算用数字で示される
- 号:条や項の中で、項目を並べるときの一つ一つ(「一」「二」と漢数字で示される)
- 「第6条の2」は、第6条と第7条の間に後から追加された条である
義務の強さを表す言い回し
| 言い回し | 意味 | 例 |
|---|---|---|
| 〜しなければならない | 義務(守らなければ違反) | 名簿の訂正を申請しなければならない |
| 〜してはならない | 禁止 | 製菓衛生師でなければ、その名称を用いてはならない |
| 〜するよう努めなければならない | 努力義務(違反しても直ちに罰則はない) | 講習会を受講し、知見の習得に努めること |
| 〜することができる | 権限・裁量(行うかどうかは判断による) | 知事は免許を取り消すことができる |
| 〜しない | 例外なく行わない | 免許を与えない |
| 〜しないことがある | 行わない場合もある(判断による) | 免許を与えないことがある |
「与えない」と「与えないことがある」の違いは、製菓衛生師法の欠格事由で必ず問われる(第2章参照)。また、「定めなければならない(義務)」を「可能な限り定める(努力義務)」にすり替える選択肢も頻出である(第3章参照)。
3. 衛生法規とは何か
3-1. 衛生法規の根拠
衛生法規の出発点は、日本国憲法第25条である。
第1項 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
第2項 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。
第1項は国民の生存権を、第2項はそれを実現するための国の責務を定めている。この理念を実現するために定められた法律・命令を総称して、衛生法規という。
製菓衛生師法の目的にある「公衆衛生の向上及び増進」という言葉は、この憲法第25条第2項から来ている(第2章参照)。
3-2. 衛生法規の分類
衛生法規は、対象とする分野によって大きく4つに分けられる。
| 分類 | 対象 | 主な所管 | 主な法律 |
|---|---|---|---|
| 一般衛生法規(公衆衛生法規) | 国民全体 | 厚生労働省・消費者庁 | 製菓衛生師法、食品衛生法、食品安全基本法、食品表示法、健康増進法、地域保健法、感染症法 など |
| 学校衛生法規 | 学校の児童・生徒・教職員 | 文部科学省 | 学校保健安全法、学校給食法 |
| 労働衛生法規 | 働く人 | 厚生労働省 | 労働基準法、労働安全衛生法 |
| 環境保全法規 | 自然環境・生活環境 | 環境省 | 環境基本法、廃棄物処理法、水質汚濁防止法、大気汚染防止法、騒音規制法 など |
一般衛生法規は、さらに次の4つに細分される。
| 細分類 | 目的 | 主な法律 |
|---|---|---|
| 保健予防法規 | 病気の予防と健康の増進 | 地域保健法、感染症法、健康増進法、食育基本法 など |
| 環境衛生法規 | 食品や生活環境の衛生の確保 | 食品衛生法、製菓衛生師法、調理師法 など |
| 医事法規 | 医療機関と医療従事者 | 医療法、医師法 など |
| 薬事法規 | 医薬品・医療機器など | 医薬品医療機器等法 など |
製菓衛生師がもっとも深く関わるのは、一般衛生法規の中の環境衛生法規である。
4. 衛生行政
4-1. 衛生行政の定義と目的
衛生行政とは、国や地方公共団体が、公衆衛生の保持と増進のために行う行政活動である。目的はあくまで国民の健康を守ることにあり、産業や経済の振興そのものを目的とするものではない。
衛生行政は、衛生法規の分類と対応して、次の4分野に分けられる。
| 分野 | 担当 | 主な内容 |
|---|---|---|
| 一般衛生行政(公衆衛生行政) | 厚生労働省・消費者庁 | 食品衛生、環境衛生、医事、薬事、感染症対策 など |
| 学校保健行政 | 文部科学省 | 学校における保健・安全・給食 |
| 労働衛生行政 | 厚生労働省 | 職場の安全と衛生 |
| 環境保全行政 | 環境省 | 大気・水質・騒音・廃棄物 など |
また、社会保障制度との結びつきが強いことも、衛生行政の特徴である。
4-2. 衛生行政のあゆみ
| 年 | できごと |
|---|---|
| 明治6年(1873年) | 文部省に医務局が設けられる(日本の衛生行政の始まり) |
| 明治8年(1875年) | 衛生行政が内務省(衛生局)に移る |
| 昭和13年(1938年) | 厚生省が設置される |
| 昭和22年(1947年) | 食品衛生法、保健所法(現在の地域保健法)が制定される |
| 平成13年(2001年) | 厚生省と労働省が統合され、厚生労働省となる |
| 平成15年(2003年) | 食品安全基本法が制定され、内閣府に食品安全委員会が設置される |
| 平成21年(2009年) | 消費者庁が設置される |
| 平成27年(2015年) | 食品表示法が施行され、食品表示の規定が消費者庁のもとに一本化される |
| 令和6年(2024年)4月 | 食品衛生の規格基準の策定(食品衛生基準行政)が、厚生労働省から消費者庁に移管される |
| 令和7年(2025年)4月 | 製菓衛生師に関する国の事務が、厚生労働省健康・生活衛生局食品監視安全課の所管となる |
4-3. 衛生行政のしくみ
衛生行政は、国・都道府県・市町村が役割を分けて担う。
国
- 厚生労働省:食品衛生の監視指導、食中毒対策、営業の許可制度、感染症対策、労働衛生など
- 消費者庁:食品表示、食品・添加物などの規格基準の策定(令和6年4月から)
- 内閣府 食品安全委員会:食品が健康に与える影響の科学的な評価(リスク評価)
- 文部科学省:学校保健
- 環境省:環境保全
地方
- 都道府県:製菓衛生師の試験・免許、食品営業の許可など
- 保健所:地域の衛生行政の第一線機関。都道府県、指定都市、中核市、その他政令で定める市、特別区が設置する(地域保健法第5条)。食品衛生監視員が配置され、営業施設の監視・指導や食中毒の調査を行う
- 市町村保健センター:市町村が設置でき、住民に身近な健康相談・保健指導・健康診査を行う
4-4. 製菓衛生師に関わる「誰が・何を」
試験で最も問われるのは、どの手続きを誰が行うかである。本書全体の見取り図として、ここにまとめておく。
| 事項 | 担当 | 詳しくは |
|---|---|---|
| 製菓衛生師試験の基準を定める | 厚生労働大臣 | 第2章 |
| 製菓衛生師試験を行う | 都道府県知事 | 第2章 |
| 製菓衛生師の免許を与える | 都道府県知事(申請先は住所地の知事) | 第2章 |
| 菓子製造業の営業を許可する | 都道府県知事(保健所設置市・特別区ではその長) | 第3章 |
| 食品・添加物の規格基準を定める | 内閣総理大臣(消費者庁) | 第3章 |
| 添加物を指定する | 内閣総理大臣(消費者庁) | 第3章 |
| 食品のリスク評価を行う | 食品安全委員会(内閣府) | 第4章 |
| 食品表示の基準を定める | 内閣総理大臣(消費者庁) | 第5章 |
| 食中毒の届出を受ける | 最寄りの保健所長 | 第3章 |
試験対策:よくある間違いポイント
試験に出る文です。正しい文(○)と間違った文(×)がまざっています。選んでから答えを確かめてください。
Q1販売用の食品の製造基準や成分規格を定めるのは厚生労働大臣である
Q2衛生行政は、一般衛生・学校保健・労働衛生・環境保全の4つに大別できる
Q3道徳にも法と同じように強制力がある
Q4法律は内閣が定める
Q5衛生法規の理念は、日本国憲法第25条にもとづく
Q6法は人の心の中の考えも規制できる
Q7医療法は薬事法規に分類される
Q8学校保健安全法を所管するのは厚生労働省である
Q9衛生行政は、国や地方公共団体が産業経済を振興するための行政である
Q10日本の衛生行政の歴史は、明治6年(1873年)に文部省に医務局が設けられたことに始まる
Q11条例に違反しても罰則を科すことはできない
Q12製菓衛生師法は、一般衛生法規のうち環境衛生法規に分類される
Q13騒音規制法は保健予防法規に分類される
Q14条例は、法律の範囲内で制定することができる
Q15衛生行政は、社会保障制度との関係が密接である
Q16環境(公害)関係法規を所管するのは経済産業省である
Q17政令は各省の大臣が定める
まとめ
- 法は、道徳や慣習と異なり、国家による強制力をもち、外面的な行為を対象とする
- 成文法の効力は 憲法 > 法律 > 政令 > 府令・省令 > 条例 > 規則 の順で、下位の法は上位の法に反することができない
- 法律は国会、政令は内閣、省令は各省大臣、条例は地方議会、規則は地方公共団体の長が定める
- 「しなければならない(義務)」「努めなければならない(努力義務)」「できる(裁量)」「与えない/与えないことがある」の違いは、試験のひっかけの中心になる
- 衛生法規の根拠は日本国憲法第25条。衛生法規は一般衛生・学校衛生・労働衛生・環境保全の4つに分類され、製菓衛生師法は環境衛生法規に属する
- 環境保全法規の所管は環境省、学校衛生法規は文部科学省
- 衛生行政の目的は公衆衛生の保持・増進。その歴史は明治6年(1873年)の文部省医務局に始まる
- 令和6年(2024年)4月から、食品の規格基準の策定は消費者庁(内閣総理大臣)の担当になった。古い過去問との違いに注意する
※ 本書は令和8年(2026年)9月時点の法令にもとづいています。法令は改正されることがあるため、手続きなどの最新情報は、各都道府県・厚生労働省・消費者庁の公式情報をご確認ください。

