衛生法規 第二部 製菓と食品の法律
食品安全基本法
はじめに
食品安全基本法は、食品の安全を守るための「考え方の土台」を定めた法律である。第3章の食品衛生法が、販売禁止や営業許可といった具体的なルールを定める法律であるのに対し、食品安全基本法は、国・地方公共団体・事業者・消費者がそれぞれどのような役割を担うのか、食品の安全をどのような手順で確保するのか、という基本的な枠組みを定めている。
試験では、法律の目的と基本理念、関係者の責務、そしてリスク分析の3つの要素(リスク評価・リスク管理・リスクコミュニケーション)と、それを担う機関の組み合わせがよく問われる。
1. 制定の背景
平成13年(2001年)9月、日本国内で初めてBSE(牛海綿状脳症)に感染した牛が確認された。その後も、食肉の産地の偽装表示、無登録農薬の使用、輸入野菜の残留農薬の問題などが相次ぎ、食品の安全に対する国民の不安と行政への不信が大きく高まった。
BSE問題の調査を行った委員会は、それまでの食品安全行政の問題点として、生産者の保護が優先され消費者の健康の保護が後回しにされてきたこと、危険を科学的に評価する仕組みが不十分であったこと、関係する省庁の連携が欠けていたことなどを指摘した。
こうした反省をもとに、消費者の健康の保護を最優先とする新しい食品安全行政の枠組みとして、食品安全基本法が制定された。
| 年月 | できごと |
|---|---|
| 平成13年(2001年)9月 | 国内で初めてBSEの牛が確認される |
| 平成14年(2002年)4月 | BSE問題に関する調査検討委員会が報告書を提出 |
| 平成15年(2003年)5月 | 食品安全基本法が公布される |
| 平成15年(2003年)7月1日 | 食品安全基本法が施行され、内閣府に食品安全委員会が設置される |
2. 目的(第1条)
食品安全基本法の目的は、要約すると次のとおりである。
科学技術の発展、国際化の進展など、国民の食生活を取り巻く環境の変化に適確に対応するため、食品の安全性の確保に関し、基本理念を定め、国・地方公共団体・食品関連事業者の責務と消費者の役割を明らかにするとともに、施策の策定に関する基本的な方針を定めることにより、食品の安全性の確保に関する施策を総合的に推進すること。
食品衛生法の目的が「国民の健康の保護」という結果に向いているのに対し、食品安全基本法の目的は「施策を総合的に推進すること」という仕組みづくりに向いている点に注意する。
定義(第2条)
この法律でいう「食品」は、すべての飲食物のうち、医薬品、医薬部外品、再生医療等製品を除いたものである。食品衛生法の定義と同じである。
3. 基本理念(第3条〜第5条)
| 条文 | 基本理念 |
|---|---|
| 第3条 | 食品の安全性の確保は、国民の健康の保護が最も重要であるという基本的認識の下に、必要な措置が講じられることにより行われなければならない |
| 第4条 | 農林水産物の生産から食品の販売に至る食品供給行程の各段階において、必要な措置が適切に講じられなければならない |
| 第5条 | 国際的動向と国民の意見に十分配慮しつつ、科学的知見にもとづいて必要な措置が講じられることにより、国民の健康への悪影響が未然に防止されるようにしなければならない |
3つの理念のキーワード
- 最優先するのは「国民の健康の保護」(産業の振興や生産者の保護ではない)
- 生産から販売まで「すべての段階」で安全を確保する(「農場から食卓まで」の考え方)
- 判断のよりどころは「科学的知見」
4. 関係者の責務と役割(第6条〜第9条)
| 関係者 | 条文 | 内容 | 義務の強さ |
|---|---|---|---|
| 国 | 第6条 | 基本理念にのっとり、食品の安全性の確保に関する施策を総合的に策定し、実施する | 責務 |
| 地方公共団体 | 第7条 | 国との適切な役割分担をふまえ、その地域の自然的・経済的・社会的な状況に応じた施策を策定し、実施する | 責務 |
| 食品関連事業者 | 第8条 | 自らが食品の安全性の確保について第一義的責任を有していることを認識し、必要な措置を適切に講じる。正確で適切な情報の提供に努め、国や地方公共団体の施策に協力する | 責務 |
| 消費者 | 第9条 | 食品の安全性の確保に関する知識と理解を深め、施策について意見を表明するよう努めることによって、積極的な役割を果たす | 役割(努力) |
「第一義的責任」とは
食品の安全を最初に、最も直接的に守るべき立場にあるのは、食品をつくり、売る事業者自身である、という意味である。菓子店であれば、製品の安全について第一に責任を負うのは店自身であり、保健所の検査を受けているかどうかで責任が軽くなるわけではない。
消費者は「責務」ではなく「役割」
国・地方公共団体・事業者には「責務」が課されているのに対し、消費者は「役割」を果たすものとされ、その内容も「努める」という努力にとどまる。消費者に安全確保の義務を課しているわけではない点が、よく問われる。
5. リスク分析
5-1. リスクとハザード
| 用語 | 意味 | 例 |
|---|---|---|
| ハザード(危害要因) | 健康に悪影響をおよぼす原因となる可能性のあるもの | 食中毒菌、カビ毒、残留農薬、アレルゲン など |
| リスク | 食品中にハザードが存在する結果として生じる、健康への悪影響が起きる確率とその程度(重さ) | ― |
「毒性がある物質が含まれている」ことと、「健康被害が起きる」ことは同じではない。どのくらいの量を、どのくらいの頻度で摂取するかによって、リスクの大きさは変わる。食品の安全を「絶対に安全か危険か」ではなく、リスクの大小としてとらえることが、食品安全基本法の考え方の出発点である。
5-2. リスク分析の3要素
食品安全基本法は、食品の安全を確保するための手順として、リスク分析(リスクアナリシス)の考え方を取り入れている。リスク分析は、次の3つの要素からなる。
| 要素 | 内容 | 担当 | 条文 |
|---|---|---|---|
| リスク評価(食品健康影響評価) | 食品にふくまれるハザードを摂取することで、どのくらいの確率でどの程度の健康への悪影響が起きるかを、科学的知見にもとづいて評価する | 食品安全委員会(内閣府) | 第11条 |
| リスク管理 | リスク評価の結果にもとづき、国民の食生活の状況なども考慮して、規格基準の設定、監視指導、表示の規制などのルールを決め、実施する | 消費者庁、厚生労働省、農林水産省、環境省 など | 第12条 |
| リスクコミュニケーション | リスク評価やリスク管理の内容について、消費者・事業者・行政などの関係者の間で、情報や意見を交換する | すべての関係者(行政・事業者・消費者) | 第13条 |
評価と管理を分ける理由
BSE問題の反省から、リスクを科学的に評価する機関と、規制や指導を行う機関を分離した。規制を行う省庁が、自ら評価も行うと、産業への影響などに引きずられて評価がゆがむおそれがあるためである。そのため、食品安全委員会は、リスク管理を行う省庁から独立して、客観的かつ中立公正に評価を行う。
5-3. リスク管理を担う主な機関
| 機関 | 主なリスク管理 |
|---|---|
| 消費者庁 | 食品・添加物・残留農薬などの規格基準の策定(令和6年4月から)、食品表示 |
| 厚生労働省 | 営業施設の監視指導、HACCPなど衛生管理の基準、食中毒対策、輸入食品の監視 |
| 農林水産省 | 農薬の登録、肥料・飼料、家畜の疾病など生産段階の管理 |
| 環境省 | 環境中の汚染物質の管理 |
⚠️ 令和6年3月までは、規格基準の策定も厚生労働省の担当であった。古い教材では、リスク管理機関を「厚生労働省・農林水産省・消費者庁」などと記載している。
5-4. リスク評価の流れ
- リスク管理機関(消費者庁、農林水産省など)が、食品安全委員会に評価を諮問(依頼)する。食品安全委員会が自らの判断で評価を行うこともある(自ら評価)
- 食品安全委員会が、専門調査会で科学的に審議し、評価を行う
- 評価の結果を、リスク管理機関に通知する
- リスク管理機関が、評価結果にもとづいて規格基準などを定める
添加物や農薬の評価では、一生涯毎日摂取し続けても健康への悪影響がないと考えられる1日あたりの量であるADI(1日摂取許容量)が求められることが多い。ADIの詳しい考え方は、食品衛生学で扱う。
6. 食品安全委員会(第22条〜)
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 設置 | 平成15年(2003年)7月1日 |
| 所属 | 内閣府(厚生労働省や消費者庁ではない) |
| 委員 | 7名(常勤4名、非常勤3名) |
| 任命 | 衆参両議院の同意を得て、内閣総理大臣が任命する |
| 任期 | 3年(再任できる) |
| 専門調査会 | 16(企画等専門調査会と、添加物・農薬・微生物など危害要因ごとの15の専門調査会) |
| 事務局 | 内閣府食品安全委員会事務局 |
主な仕事
- 食品健康影響評価(リスク評価)を行う
- 評価の結果にもとづき、講じるべき施策について、内閣総理大臣を通じて関係各大臣に勧告する
- 施策の実施状況を監視し、関係各大臣に意見を述べる
- リスクコミュニケーションの企画・実施
- 食品の安全に関わる緊急事態への対応
食品安全委員会は、評価を行う機関であり、規格基準を定めたり、営業者を取り締まったりする権限はもたない。
7. 施策の策定に関する基本的な方針(第11条〜第21条)
食品安全基本法は、国が施策を行うときの方針として、主に次のことを定めている。
- 食品健康影響評価の実施(第11条)
- 国民の食生活の状況などを考慮し、評価の結果にもとづいた施策の策定(第12条)
- 情報および意見の交換の促進(第13条)
- 緊急の事態への対処体制の整備(第14条)
- 関係行政機関の相互の密接な連携(第15条)
- 試験研究の体制の整備(第16条)
- 国の内外の情報の収集・整理・活用(第17条)
- 表示制度の適切な運用の確保(第18条)
- 食品の安全性に関する教育・学習の振興、広報活動の充実(第19条)
- 環境に及ぼす影響への配慮(第20条)
- 措置の実施に関する基本的事項の決定と公表(第21条)
8. 食品衛生法との比較
| 項目 | 食品衛生法 | 食品安全基本法 |
|---|---|---|
| 制定 | 昭和22年(1947年) | 平成15年(2003年) |
| 性格 | 具体的な規制を定める法律 | 基本理念と枠組みを定める基本法 |
| 目的の最後 | 国民の健康の保護を図る | 施策を総合的に推進する |
| 主な内容 | 販売禁止、規格基準、営業許可、HACCP、食中毒の届出など | 基本理念、関係者の責務、リスク分析、食品安全委員会 |
| リスク分析での位置 | リスク管理の手段となる法律 | リスク分析の枠組みを定める法律 |
「リスクコミュニケーション」や「食品安全委員会」は、食品衛生法ではなく食品安全基本法に規定されている。
試験対策:よくある間違いポイント
試験に出る文です。正しい文(○)と間違った文(×)がまざっています。選んでから答えを確かめてください。
Q1リスク分析は、リスク評価・リスク管理・リスクコミュニケーションの3つの要素からなる
Q2食品関連事業者は、自らが食品の安全性の確保について第一義的責任を有していることを認識して、必要な措置を適切に講じる責務を有する
Q3リスクとは、健康に悪影響をおよぼす原因となる物質そのもののことである
Q4食品安全委員会の委員は5名で、任期は2年である
Q5食品安全委員会は、評価の結果にもとづき、内閣総理大臣を通じて関係各大臣に勧告することができる
Q6食品安全委員会は、消費者庁に設置されている
Q7消費者は、食品の安全性の確保について第一義的責任を有する
Q8食品安全基本法制定のきっかけは、O157による大規模食中毒である
Q9消費者は、食品の安全性の確保に関する施策に従う義務がある
Q10食品安全委員会の委員は、厚生労働大臣が任命する
Q11食品の安全性の確保は、食品関連産業の健全な発展が最も重要であるという基本的認識の下に行われなければならない
Q12リスクコミュニケーションは、行政機関の間だけで行われる情報交換である
Q13リスク評価は、厚生労働省と農林水産省が行う
Q14食品安全基本法は、昭和22年に制定された
Q15食品安全基本法は、食品の安全性の確保に関する施策を総合的に推進することを目的とする
Q16食品安全委員会は、食品の規格基準を定める
Q17食品安全委員会は、7名の委員で構成され、委員の任期は3年である
Q18食品安全委員会は、厚生労働省に設置されている
Q19食品の安全性の確保は、国民の健康の保護が最も重要であるという基本的認識の下に行われなければならない
Q20食品の安全性の確保のための措置は、国際的動向および国民の意見に十分配慮しつつ、科学的知見にもとづいて講じられなければならない
Q21食品安全委員会は、リスク管理を行う行政機関から独立して、科学的知見にもとづきリスク評価を行う
Q22食品の安全性の確保のための措置は、食品の最終加工の段階において重点的に講じられなければならない
Q23リスクコミュニケーションは、食品衛生法に規定されている
まとめ
- 食品安全基本法は、BSE問題などをきっかけに平成15年(2003年)に制定された、食品安全行政の基本法
- 目的は、基本理念と関係者の責務・役割を定め、食品の安全に関する施策を総合的に推進すること
- 基本理念は、①国民の健康の保護が最も重要、②食品供給行程の各段階で措置、③科学的知見にもとづく措置
- 国と地方公共団体は施策の実施、食品関連事業者は第一義的責任、消費者は知識を深め意見を述べる役割(努力)
- リスク分析は、リスク評価(食品安全委員会)、リスク管理(消費者庁・厚生労働省・農林水産省・環境省など)、リスクコミュニケーション(すべての関係者)の3要素
- 評価と管理は分離されている。食品安全委員会は管理機関から独立して評価する
- 食品安全委員会は内閣府に置かれ、委員7名・任期3年、両議院の同意を得て内閣総理大臣が任命する
- ハザードは「悪影響の原因」、リスクは「悪影響が起きる確率と程度」
※ 本書は令和8年(2026年)9月時点の法令にもとづいています。

