お菓子の歴史 第1章:甘味の起源

第1章

お菓子の歴史 第一部 甘さとパンのはじまり

甘味の起源

時代:約8000年前〜15世紀

はじめに

お菓子とは、ひとことで言えば「甘いもの」である。けれども、人類の長い歴史の中で、甘さはいつも手の届くものではなかった。砂糖が台所の棚にあって、誰でも好きなだけ使えるようになったのは、ほんの200年ほど前のことにすぎない。

それまでの人々にとって、甘さは自然からの贈り物だった。岩壁をよじ登って採る野生の蜂蜜、太陽を浴びて熟した果実、ナツメヤシの実。そして、はるか南の島で生まれた一本の草、サトウキビが、何千年もかけて世界を旅し、やがてヨーロッパの王侯貴族の食卓に「白い宝物」として届くことになる。

本章では、お菓子の物語の出発点として、人類と甘味の出会いをたどる。蜂蜜と果実の時代から、砂糖がインドで生まれ、ペルシャとアラブの世界を通って地中海に渡り、中世のヨーロッパで「薬」や「香辛料」として扱われるまでの、長い旅の物語である。

この本は、製菓衛生師の養成課程で学ぶ科目「社会」のうち、菓子の歴史と文化にあたる内容を、読み物としてまとめたものである。各章の終わりには、よく語られる伝説と、記録で確かめられる史実を並べた「伝説と史実」の欄を設けた。お菓子の歴史には、楽しい伝説がたくさんある。伝説は伝説として味わいながら、本当の歴史もいっしょに知ってほしい。

1. 人はなぜ甘さを求めるのか

1-1. 甘さは「エネルギーのしるし」

人の舌は、甘味・酸味・塩味・苦味・うま味を感じ分ける。このうち甘味は、生まれたばかりの赤ちゃんでも喜んで受け入れる味である。

甘味は、糖、つまり体を動かすエネルギー源があることを知らせる合図だと考えられている。自然の中で食べ物を探して暮らしていた人類の祖先にとって、甘いものを見つけることは、生きのびるための大切な力になった。熟した果実は甘く、熟していない果実は酸っぱく渋い。苦いものには毒がふくまれていることが多い。人の味覚は、食べ物を見分ける道具でもあった。

1-2. 人類が出会った甘味の歴史

人類がどのような甘味を手に入れてきたかを、大まかに整理すると次のようになる。

時代主な甘味特徴
狩猟採集の時代野生の蜂蜜、熟した果実、木の実自然の中で見つけるもの。手に入る量は少なく、季節に左右される
農耕の始まり栽培した果実(ナツメヤシ、ぶどう、いちじく)、蜂蜜果実を栽培し、干して保存できるようになる
古代蜂蜜、果実、ぶどう果汁を煮つめたもの蜂蜜は貴重な高級品
古代〜中世のインド・中東サトウキビの砂糖結晶にする技術が生まれ、遠くまで運べるようになる
中世のヨーロッパ輸入された砂糖王侯貴族しか手にできない高価な「薬」「香辛料」
近世以降植民地で大量につくられた砂糖、テンサイ糖しだいに安くなり、ふつうの人々に広まる(第4章・第7章)

2. 蜂蜜の時代

2-1. 岩壁の蜂蜜採り

人類が出会った最初の甘味は、野生の蜂蜜だったと考えられている。

スペイン東部、バレンシア州ビコルプのアラーニャ洞窟(「クモの洞窟」の意味)には、岩壁にしがみつき、野生のミツバチの巣から蜜を採る人の姿が描かれている。まわりには飛びまわる蜂の姿もある。蜂と蜂蜜採りを描いた、もっとも古い絵の一つとされる。この洞窟をふくむ「イベリア半島の地中海沿岸の岩絵群」は、ユネスコの世界遺産に登録されている。

絵が描かれた年代については、学者の間で意見が分かれている。古くは1万年以上前とする説もあったが、現在は約8000年前ごろの作とする見方が有力である。いずれにしても、人類がはるか昔から、危険をおかしてまで甘さを求めていたことがわかる。

2-2. 土器に残った蜜蝋

蜂蜜そのものは残りにくいが、ミツバチの巣をつくる蜜蝋は、土器にしみこんで何千年も残ることがある。2015年、イギリスのブリストル大学などの研究チームは、ヨーロッパや中東などの新石器時代の土器の破片を数千点調べ、そのうち約100点から蜜蝋の痕跡を見つけた。もっとも古いものは、トルコのチャタルヒュユク遺跡の、紀元前7000年代の土器であった。

農耕を始めたばかりの人々が、すでにミツバチの巣を利用していたことを示す発見である。

2-3. 古代の蜂蜜

古代エジプトでは、蜂蜜は主な甘味料であったが、とても高価であった。蜂蜜は、甘味料としてだけでなく、薬や、神へのささげもの、亡くなった人への供え物としても大切にされた。

蜂蜜が高価だったため、人々は、より安い甘味としてナツメヤシの実(デーツ)やイナゴマメ(キャロブ)も使った。古代エジプトには、デーツを入れた焼き菓子もあったとされる。

3. 果実の甘さ

3-1. ナツメヤシ

ナツメヤシは、ペルシャ湾の沿岸で、6000年以上前に栽培されるようになった、もっとも古い栽培果樹の一つである。実(デーツ)は糖分がとても多く、干せば長く保存できる。砂漠の多い中東や北アフリカで、ナツメヤシは「甘さ」と「栄養」の両方を与えてくれる大切な木であった。

現在も、中東では、デーツにナッツを詰めたり、蜂蜜と合わせたりした菓子が愛されている。古代ローマの料理書にも、デーツにナッツを詰めて蜂蜜で煮る「家庭の甘味」という料理が残っている(第2章参照)。

3-2. ぶどう・いちじく・干した果実

ぶどうやいちじくも、古くから栽培された甘い果実である。果実は干すことで水分がぬけ、甘さが凝縮し、保存もきくようになる。干しぶどうや干しいちじくは、旅や冬のための大切な食べ物であった。

地中海の地域では、ぶどうの果汁を煮つめて濃くし、甘味料として使うことも行われた。蜂蜜より手に入りやすい甘味として、料理や菓子に使われた。

現在の焼き菓子に、ドライフルーツやナッツがよく使われるのは、こうした古い甘味の文化の名残ともいえる。

4. サトウキビと砂糖の長い旅

4-1. ニューギニアで生まれた草

砂糖のもとになるサトウキビは、イネ科の大きな草で、茎の中に甘い汁をたくわえている。サトウキビが最初に栽培されたのは、南太平洋のニューギニアだと考えられている。いつごろ栽培が始まったかについては、紀元前4000年ごろとする説などがあり、はっきりしない。

ニューギニアで生まれたサトウキビは、長い時間をかけて東南アジアに広がり、紀元前1000年ごろまでにインドや中国に伝わったとされる。

初めのうち、人々はサトウキビの茎をかじって、甘い汁を味わっていた。

4-2. インドで生まれた「結晶の砂糖」

サトウキビの汁を煮つめて、結晶の砂糖をつくる技術が生まれたのは、インドである。紀元350年ごろには、結晶にした砂糖がつくられていたとされる。

結晶にした砂糖は、汁や蜜とちがって、腐りにくく、軽く、遠くまで運ぶことができる。これが、砂糖が世界を旅する大きなきっかけとなった。

砂糖にかかわる言葉の多くは、インドの古い言葉であるサンスクリット語にさかのぼる。

言葉語源のたどり方
sugar(英語)、sucre(フランス語)サンスクリット語の śarkarā(シャルカラー。もとは「砂利・粒」の意味)→ ペルシャ語 shakar → アラビア語 sukkar → 中世ラテン語 succarum → フランス語 sucre → 英語 sugar
azúcar(スペイン語)アラビア語の sukkar に、アラビア語の冠詞「al(アル)」がついた形が残っている
candy(英語)サンスクリット語の khanda(カンダ。「砂糖のかけら」)→ ペルシャ語 qand → アラビア語 qandi → フランス語 candi → 英語 candy、と考えられている(語源には別の説もある)

砂糖の粒が「砂利」にたとえられたというのは、砂糖の結晶の姿をよく表している。英語のsugarも、スペイン語のazúcarも、その遠い祖先は、インドの言葉なのである。

4-3. 「蜂のいない蜜」の知らせ

ヨーロッパの人々が初めてサトウキビのことを知ったのは、紀元前4世紀後半のことである。マケドニアのアレクサンドロス大王がインドまで遠征したとき、その艦隊を率いた提督ネアルコスは、インドの「葦(アシ)」について、次のように伝えた。

葦は、蜂がいなくても蜜を生む。

ネアルコス自身が書いた記録は失われたが、ギリシャの地理学者ストラボンの『地理誌』に、この言葉が引用されて残っている。蜂蜜しか知らなかったギリシャの人々にとって、「蜂のいない蜜」は、とても不思議なものに思えたことだろう。

4-4. 古代の地中海では「薬」

紀元1世紀ごろには、インドからの砂糖が、ごくわずかに地中海の世界にも届いていた。ギリシャの医師ディオスコリデスは、インドの葦からとれる「固まった蜜」をサッカロンとよんで記録している。ローマの博物学者プリニウスは、砂糖は「医薬用にしか使われない」と書いている。

古代の地中海では、砂糖は甘味料というより、ごく少量を使う薬であった。人々の甘味は、まだ蜂蜜と果実が中心であった。

4-5. ペルシャとアラブの世界へ

インドの製糖の技術は、6世紀までにペルシャ(現在のイラン)に伝わった。

7世紀以降、イスラム教を信じるアラブの人々が、中東から北アフリカ、地中海の島々、スペインにまで勢力を広げると、サトウキビの栽培と砂糖の精製の技術も、それとともに広がっていった。エジプト、シリア、キプロス、シチリア、スペインなどで砂糖がつくられるようになった。ヨーロッパにサトウキビをもたらしたのは、シチリアやスペインにやってきたアラブの人々であった。

アラブの世界では、砂糖は料理や菓子にも盛んに使われた。砂糖とアーモンドを合わせた菓子、果物の砂糖煮、砂糖で甘くした冷たい飲み物などが楽しまれた。

この冷たい甘い飲み物は、アラビア語で「飲み物」を意味するシャルバから生まれた言葉で、ペルシャ語のシャルバット、トルコ語のシェルベットを経て、英語のシャーベット(sherbet)、フランス語のソルベ(sorbet)になった。「シロップ」(syrup)も、アラビア語の「飲み物」を意味する言葉から来ている。今の菓子の言葉の中に、アラブの甘い文化が生きている。

4-6. 十字軍と砂糖

11世紀の終わり、ヨーロッパのキリスト教徒は、聖地エルサレムを取りもどすため、中東へ十字軍を送った。第1回十字軍(1096〜1099年)の兵士たちは、聖地の近くで、アラブの人々が育てるサトウキビの畑や、「甘い塩」を運ぶ隊商に出会った。

十字軍が中東につくった国々では、サトウキビの栽培と製糖が行われた。12世紀後半の年代記の作者、ティルスのギヨームは、砂糖を「人類の使用と健康にとても必要なもの」と書いている。

十字軍は、軍事的には成功したとはいえないが、砂糖、香辛料、アーモンド、柑橘類など、中東の豊かな産物と食文化を、ヨーロッパに知らせるきっかけになった。

4-7. ヴェネツィアの砂糖貿易

ヨーロッパで砂糖の取り引きの中心になったのは、イタリアの海の都、ヴェネツィアである。ヴェネツィアは、12世紀前半に、中東の港町ティルスの周辺の村々を手に入れ、ヨーロッパ向けの砂糖を生産した。15世紀には、ヴェネツィアはヨーロッパの砂糖の精製と流通の中心になっていた。

中東や地中海の島々でつくられた砂糖は、ヴェネツィアなどの商人の手を通じて、ヨーロッパの各地に運ばれた。

5. 中世ヨーロッパの砂糖

5-1. 砂糖は「上等な香辛料」

中世のヨーロッパでは、砂糖は、コショウやシナモン、ショウガなどと同じ、遠い東方から来る上等な香辛料の一つとして扱われた。値段はとても高く、手にできたのは、王侯貴族や、裕福な商人、修道院などに限られていた。

砂糖は、料理に少量ふりかけて使われた。甘いものと塩辛いもの、料理と菓子の区別は、今ほどはっきりしていなかった。肉料理に砂糖とシナモンをかけることも、ぜいたくなもてなしであった。

5-2. 砂糖は「薬」でもあった

砂糖は、体を温め、消化を助ける薬とも考えられていた。薬屋(薬剤師)は、砂糖と香辛料をまぜた練り薬や、砂糖で包んだ薬をつくって売った。苦い薬を飲みやすくするのにも、砂糖が使われた。

13世紀の神学者トマス・アクィナスは、消化を助けるための練り薬は、栄養のためではなく消化のためにとるものだから、断食を破ることにはならない、と考えた。当時の練り薬には、砂糖や香辛料がよく使われていた。この考えは、後の時代には「断食中でも砂糖菓子は食べてよい」という意味で語られることもあった。

薬屋がつくった、木の実や香辛料を砂糖で包んだものは、のちのドラジェなどの糖衣菓子につながっていく(第3章参照)。

5-3. 砂糖が人々のものになるまで

中世の終わりになっても、砂糖はまだ一部の人々のものであった。砂糖が大量につくられ、値段が下がり始めるのは、15〜16世紀以降のことである。

年できごと
1425年ポルトガルのエンリケ航海王子が、大西洋のマデイラ島にサトウキビを持ちこむ。ヨーロッパの外での大規模な砂糖生産の始まり
1493年コロンブスが、第2回の航海で、サトウキビの苗をカリブ海のイスパニョーラ島に運ぶ
16世紀以降アメリカ大陸とカリブ海で、アフリカから連れてこられた奴隷の労働による大規模な砂糖生産が広がる(第4章参照)

新大陸での砂糖づくりは、砂糖を安くし、ヨーロッパの人々の食卓に甘さを広げた。しかしその裏には、何百万人ものアフリカの人々が奴隷として運ばれ、過酷な労働を強いられた歴史があった。甘さの歴史には、苦い歴史も重なっている。このことは第4章でくわしく学ぶ。

6. 世界を旅した砂糖の道

ここまでの砂糖の旅を、まとめて見てみよう。

時期場所できごと
紀元前(時期は諸説)ニューギニアサトウキビが栽培される
紀元前1000年ごろインド・中国サトウキビが伝わる
紀元前4世紀後半インドネアルコスが「蜂のいない蜜」を伝える
紀元1世紀地中海ディオスコリデス・プリニウスが記録。砂糖は薬
紀元350年ごろインド結晶の砂糖がつくられる
6世紀までペルシャ製糖の技術が伝わる
7世紀以降中東・北アフリカ・シチリア・スペインアラブの広がりとともに、サトウキビと精製技術が広がる
1096〜1099年中東第1回十字軍がサトウキビの畑に出会う
12〜15世紀ヴェネツィア砂糖の取り引きと精製の中心になる
1425年マデイラ島エンリケ航海王子がサトウキビを持ちこむ
1493年カリブ海コロンブスがサトウキビを運ぶ

インドで結晶になった砂糖は、ペルシャ、アラブ、地中海を経てヨーロッパに入り、さらに大西洋を越えて新大陸に渡った。そして、新大陸でつくられた砂糖が、ふたたびヨーロッパへ大量に運ばれることになる。砂糖は、まさに世界をめぐる旅をしてきたのである。

日本に砂糖がやってきた道すじは、第10章で学ぶ。

伝説と史実

よく語られるお話と、確かな記録からわかることを比べてみましょう。カードをタップすると、史実がめくれます。

🔮 よく語られる話「人類は1万年以上前から蜂蜜を採っていたことが、スペインの洞窟壁画で証明されている」
📜 史実ではアラーニャ洞窟の壁画は蜂蜜採りを描いた最古級の絵だが、年代には諸説あり、現在は約8000年前ごろとする見方が有力。壁画そのものの年代測定はされていない。
🔮 よく語られる話「アレクサンドロス大王がサトウキビをヨーロッパに持ち帰った」
📜 史実では伝わったのは「インドの葦は蜂がいなくても蜜を生む」という知らせ。言葉の主は艦隊を率いたネアルコスで、ストラボンの『地理誌』に引用されて残っている。
🔮 よく語られる話「古代ローマの人々は砂糖を使ってお菓子をつくっていた」
📜 史実ではローマの甘味は蜂蜜や、ぶどう果汁を煮つめたものが中心。砂糖はインドから届くごく少量の「薬」で、プリニウスは「医薬用にしか使われない」と書いている。
🔮 よく語られる話「十字軍が砂糖をヨーロッパに初めて伝えた」
📜 史実では砂糖とサトウキビは、それより前にアラブの人々がシチリアやスペインに伝えていた。十字軍は、中東の砂糖や香辛料をヨーロッパに広く知らせるきっかけの一つになった。
🔮 よく語られる話「中世の砂糖は甘いお菓子のためのものだった」
📜 史実では中世の砂糖は、コショウなどと同じ「上等な香辛料」で、「薬」でもあった。肉料理にふりかけたり、薬屋が練り薬にしたりして使われた。

製菓とのつながり

製菓の言葉に残る甘味の歴史

私たちが毎日使っている製菓の言葉には、甘味の長い旅の跡が残っている。シュクル(sucre、砂糖)、キャンディ、シャーベット/ソルベ、シロップ。これらの言葉は、インドやアラブの世界から、長い時間をかけてヨーロッパに届いた言葉である。

蜂蜜・デーツ・ドライフルーツ

現在の菓子づくりで使う蜂蜜、デーツ、ドライフルーツ、ナッツは、砂糖が広まる前からの、もっとも古い甘味の仲間である。フィナンシェやマドレーヌに蜂蜜を少し加えるとしっとり焼き上がり、焼き色もつきやすい。パウンドケーキのドライフルーツは、甘さだけでなく、保存性と風味を高めてくれる。古い甘味の知恵は、今の菓子の中で生きている。

古い甘味と砂糖の性質を比べると、それぞれの使いどころがわかる。

甘味主な糖菓子づくりでの性質
砂糖(上白糖・グラニュー糖)ショ糖甘さがすっきりしていて、量を正確に計りやすい。泡立てた卵白を安定させ、焼き色や保存性にもかかわる
蜂蜜果糖・ブドウ糖水分を引きつける力が強く、焼き菓子をしっとりさせる。焼き色がつきやすい。独特の香りがある
デーツ・干した果実果糖・ブドウ糖など甘さと一緒に、食物繊維や果実の風味、歯ごたえを加える

※ 1歳未満の乳児には蜂蜜を与えてはならない(乳児ボツリヌス症を防ぐため。食品衛生学の本の細菌性食中毒②毒素型の章を参照)。蜂蜜を使った菓子を販売するときは注意を表示することが望ましい。

一粒の砂糖の重み

かつて砂糖は、王侯貴族しか手にできない宝物であった。今、私たちは1gの砂糖を計り、何百gもの砂糖を使ってお菓子をつくる。その一粒一粒が、ニューギニアからインド、アラブ、ヨーロッパへと何千年もかけて旅をしてきた歴史の末にある。そう思うと、計量の手つきも、少し丁寧になるかもしれない。

まとめ

人類が最初に出会った甘味は、野生の蜂蜜と熟した果実であった。スペインのアラーニャ洞窟には、岩壁で蜂蜜を採る人が描かれ(約8000年前とされる)、新石器時代の土器からは蜜蝋が見つかっている。古代エジプトでは蜂蜜は高価で、ナツメヤシ(デーツ)やイナゴマメも甘味として使われた。

サトウキビはニューギニアで栽培されるようになり、インドや中国へ伝わった。インドでは紀元350年ごろには結晶の砂糖がつくられ、sugarやcandyなどの言葉もインドの言葉にさかのぼる。紀元前4世紀、アレクサンドロス大王の提督ネアルコスが「蜂がいなくても蜜を生む葦」を伝え、古代の地中海では砂糖は薬として扱われた。

製糖の技術は6世紀までにペルシャへ、さらにアラブの広がりとともに、エジプト、シチリア、スペインなどへ伝わった。シャーベットやシロップの言葉は、アラブの甘い飲み物の文化から生まれた。十字軍は中東の砂糖を知らせるきっかけとなり、ヴェネツィアは砂糖の取り引きの中心となった。中世のヨーロッパでは、砂糖は上等な香辛料であり、薬でもあった。

1425年のマデイラ島、1493年のコロンブスの航海を経て、砂糖は新大陸で大量につくられるようになる。その歴史は第4章で学ぶ。次章では、お菓子のもう一つの源流であるパンの起源をたどる。

※ 本ページは『sweets note. 図書館』のお菓子の歴史 第1章です。製菓衛生師養成課程の科目「社会」のうち、菓子の歴史と文化にあたる内容を扱っています。

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