お菓子の歴史 巻末
年表と人物
時代:約1万4400年前〜現在(全時代のまとめ)
はじめに
約1万4400年前、狩猟採集民が野生の穀物で焼いた、平たいパン。岩壁に描かれた、蜂蜜を採る人の姿。そこから始まったお菓子の旅は、修道院の薄焼き菓子、大航海時代のカカオと砂糖、ハプスブルク家のウィーン菓子、カレームの砂糖の建築、産業革命のチョコレートへと続いた。
日本では、木の実や果物を「菓子」と呼んだ時代から、唐菓子、茶の湯の点心、南蛮菓子、江戸の上菓子、明治のあんぱん、そして現代のスイーツへと、外から来たものを受け入れ、自分たちの形に変えながら、独自のお菓子の文化を育ててきた。
この最後の章は、この本の「巻末」である。これまでの16章で学んだことを、年表と人物、そして伝説と史実の早見表で振り返る。知りたいことがあるときに、ここから各章へ戻るための「索引」として使ってほしい。
1. この本の地図
| 部 | 章 | 章の名前 | 主な時代 |
|---|---|---|---|
| 第一部 甘さとパンのはじまり | 第1章 | 甘味の起源 | 約8000年前〜15世紀 |
| 第一部 甘さとパンのはじまり | 第2章 | パンの起源 | 約1万4400年前〜5世紀 |
| 第一部 甘さとパンのはじまり | 第3章 | 中世ヨーロッパの菓子 | 5世紀〜15世紀 |
| 第二部 ヨーロッパの菓子の物語 | 第4章 | 大航海時代と砂糖・カカオ | 約5400年前〜19世紀 |
| 第二部 ヨーロッパの菓子の物語 | 第5章 | イタリアからフランス宮廷へ | 16世紀〜18世紀 |
| 第二部 ヨーロッパの菓子の物語 | 第6章 | ハプスブルク家とウィーン菓子 | 13世紀〜20世紀 |
| 第二部 ヨーロッパの菓子の物語 | 第7章 | カレームと近代フランス菓子 | 18世紀〜19世紀 |
| 第二部 ヨーロッパの菓子の物語 | 第8章 | 産業革命とチョコレート | 19世紀 |
| 第二部 ヨーロッパの菓子の物語 | 第9章 | 20世紀の洋菓子 | 20世紀〜21世紀 |
| 第三部 日本の菓子の物語 | 第10章 | 菓祖神と唐菓子 | 縄文時代〜平安時代 |
| 第三部 日本の菓子の物語 | 第11章 | 茶の湯と点心 | 平安時代初め〜安土桃山時代 |
| 第三部 日本の菓子の物語 | 第12章 | 南蛮菓子 | 戦国時代〜江戸時代初め |
| 第三部 日本の菓子の物語 | 第13章 | 江戸の菓子 | 江戸時代 |
| 第三部 日本の菓子の物語 | 第14章 | 明治の洋菓子とパン | 幕末〜大正時代 |
| 第三部 日本の菓子の物語 | 第15章 | 昭和から現代へ | 昭和時代〜現在 |
| 第四部 行事と菓子 | 第16章 | 世界と日本の行事の菓子 | 古代〜現代 |
| 巻末 | 第17章 | 年表と人物 | 全時代 |
2. 総合年表
世界と日本のできごとを並べて見ると、同じ時代に、それぞれの場所で何が起きていたかがわかる。( )の数字は、くわしく学べる章である。
2-1. 古代〜中世
| 年 | 世界 | 日本 |
|---|---|---|
| 約1万4400年前 | ヨルダンで最古の平焼きパン(2) | |
| 約8000年前 | スペインの洞窟に蜂蜜を採る人の絵(1) | |
| 縄文時代 | 木の実の粉を焼いた「縄文クッキー」(10) | |
| 約5400年前 | エクアドルでカカオの利用(4) | |
| 古代エジプト | 発酵パンとビール、宮廷のパン工房(2) | |
| 紀元前4世紀 | ネアルコスが「蜂がいなくても蜜を生む葦」を伝える(1) | |
| 紀元前2世紀 | ローマに職業のパン屋が現れる(2) | |
| 350年ごろ | インドで結晶の砂糖(1) | |
| 6世紀まで | 製糖の技術がペルシャへ(1) | |
| 630〜894年 | 遣唐使。唐菓子が伝わる(10) | |
| 753年 | 鑑真が日本に到着(10) | |
| 756年 | 正倉院『種々薬帳』に「蔗糖」(10) | |
| 815年 | 永忠が嵯峨天皇にお茶を差し上げる(11) | |
| 970年 | 『口遊』に八種唐菓子(10) | |
| 10世紀末〜11世紀初め | 『枕草子』の削り氷、『源氏物語』の椿餅(10) | |
| 11〜13世紀 | 十字軍。ヴェネツィアが砂糖の取り引きの中心に(1) | |
| 1191年 | 栄西が宋から帰国(11) | |
| 1214年 | 栄西が源実朝にお茶をすすめる(11) | |
| 1227年 | 三日月形のパン(キプフェル)が詩に登場(6) | |
| 1241年 | 円爾が宋から帰国(11) | |
| 1270年 | パリのウーブリ職人の組合の規約(3) | |
| 1349年 | 林浄因が来日したとされる(11) | |
| 1425年 | マデイラ島にサトウキビ(1・4) | |
| 1474年 | ドレスデンでシュトーレンの記録(6・16) | |
| 1490〜1491年 | 教皇の「バター勅書」(6・16) | |
| 1493年 | コロンブスがイスパニョーラ島にサトウキビ(4) |
2-2. 16世紀〜18世紀
| 年 | 世界 | 日本 |
|---|---|---|
| 1519年 | コルテスがモクテスマ2世に会う(4) | |
| 1533年 | カトリーヌ・ド・メディシスがフランス王子と結婚(5) | |
| 1543年 | ポルトガル人が種子島に来航(12) | |
| 1544年 | ケクチ・マヤの貴族がスペインの王子にカカオを献上(4) | |
| 1552年 | ラブレーの作品に「マカロン」(5) | |
| 1569年 | フロイスが織田信長に金平糖を献上(12) | |
| 16世紀後半 | 千利休が茶の湯を大成(11) | |
| 1599年 | パヴィアの帳簿にパネトーネの記録(16) | |
| 1624年 | 長崎の福砂屋が創業(12) | |
| 1639年 | ポルトガル船の来航禁止(12) | |
| 1651年 | ラ・ヴァレンヌ『フランスの料理人』(5) | |
| 1650年代後半 | 伏見で寒天が見つかったとされる(13) | |
| 1657年 | ロンドンでチョコレートの広告(4) | |
| 1683年 | オスマン帝国のウィーン包囲(6) | 江戸の桔梗屋が172種の菓子目録(13) |
| 1685年 | ウィーン最初のカフェ(6) | |
| 1686年 | パリのカフェ・プロコープ(5) | |
| 1717年 | 長命寺の桜餅(13) | |
| 1718年 | 『御前菓子秘伝抄』(13) | |
| 1730年 | ストレールがパリに菓子店を開く(7) | |
| 1747年 | マルクグラーフがビートから砂糖を取り出す(7) | |
| 1753年 | リンネがカカオを「テオブロマ」と命名(4) | |
| 1755年 | 「シャンティイ」の名がクリームに(5) | |
| 1773年 | 大名の日記に「ねりやうかん」(13) | |
| 1786年 | ウィーンのデメルの前身が創業(6) | |
| 1789年 | フランス革命(7) | |
| 1791年 | フランスでギルドが廃止される(7) | |
| 1799年 | 讃岐の向山周慶が白い砂糖に成功したとされる(13) |
2-3. 19世紀
| 年 | 世界 | 日本 |
|---|---|---|
| 1801年 | アシャールが最初のテンサイ糖工場を開く(7) | |
| 1815年 | カレーム『パリの王室製菓人』(7) | |
| 1825年 | ブリア=サヴァラン『美味礼讃』(7) | |
| 1828年 | ファン・ハウテンのココアの圧搾機(8) | |
| 1838〜1839年 | ザングがパリに「ウィーン風パン屋」を開く(6) | |
| 1842年 | 江川太郎左衛門が兵糧パンを焼く(14) | |
| 1847年 | フライ社の板チョコ(8) | |
| 1869年 | 町田房蔵のあいすくりん、木村安兵衛の文英堂(14) | |
| 1873年 | 宮中晩餐会がフランス料理に(14) | |
| 1874年 | 木村屋の酒種あんぱん(14) | |
| 1875〜1876年ごろ | ペーターのミルクチョコレート(8) | 1875年、明治天皇に桜あんぱんを献上(14) |
| 1876年 | ホテル・ザッハー開業(6) | |
| 1879年 | リンツのコンチング(8) | |
| 1880年 | テンサイ糖が世界の砂糖の半分を超える(7) | |
| 1890年 | ラカンの本にビュッシュ・ド・ノエルのレシピ(16) | |
| 1899年 | 森永太一郎が2坪の工場を開く(14) |
2-4. 20世紀〜現在
| 年 | 世界 | 日本 |
|---|---|---|
| 1904年 | 中村屋のクリームパン(14) | |
| 1910年 | 不二家が横浜で創業(14) | |
| 1919年 | モッタがドーム形のパネトーネ(16) | ユーハイムが広島でバウムクーヘン(14) |
| 1922年 | グリコ発売、不二家のショートケーキ(ごろ)(14) | |
| 1924年 | 第1回MOFコンクール(9) | コロンバン開店(14) |
| 1927年 | シフォンケーキが考案される(9) | |
| 1940年 | 砂糖が配給制に(15) | |
| 1947年 | ルノートルが店を開く(9) | 学校給食が本格的に再開(15) |
| 1952年 | 砂糖の統制がなくなる(15) | |
| 1955年 | ダロワイヨでオペラが生まれたとされる(9) | |
| 1959年度 | 技能検定の制度が始まる(15) | |
| 1966年 | 製菓衛生師法(7月4日)(15) | |
| 1971年 | ルノートルがプロのための学校を開く(9) | |
| 1979年 | 6月16日が「和菓子の日」に(16) | |
| 1989年 | 第1回クープ・デュ・モンド(9) | |
| 1991年 | クープ・デュ・モンドで日本が初優勝(9) | |
| 1998年 | ピエール・エルメが東京に第1号店(9) | |
| 2009年 | コンビニスイーツの大ヒット(15) | |
| 2020年度 | 「シュガーロード」が日本遺産に(12) | |
| 2021年 | HACCPに沿った衛生管理が原則として義務化(15) | |
| 2023年・2025年 | クープ・デュ・モンドで日本が2大会連続優勝(9) |
3. 人物事典
この本に登場した主な人物を、五十音順に並べた。( )の数字は、登場する章である。
3-1. 世界の人物
| 人物 | 時代 | ひとことで | 章 |
|---|---|---|---|
| アシャール | 18〜19世紀 | 最初のテンサイ糖工場を開いた | 7 |
| アンジェロ・モッタ | 20世紀 | 背の高いドーム形のパネトーネを広めた | 16 |
| アントナン・カレーム | 1783または1784〜1833年 | 砂糖の建築ピエス・モンテを復活・体系化した | 7 |
| アンナ・パブロワ | 20世紀 | パブロバの名の由来になったバレリーナ | 9 |
| ヴァテール | 17世紀 | シャンティイ城の宴会の責任者 | 5 |
| オーギュスト・ザング | 19世紀 | パリに「ウィーン風パン屋」を開いた | 6 |
| ガストン・ルノートル | 1920〜2009年 | 軽く甘さひかえめのフランス菓子を広めた | 9 |
| カトリーヌ・ド・メディシス | 16世紀 | フランス王妃。多くの菓子伝説の主人公 | 5 |
| カール・ユーハイム | 20世紀 | 日本で初めてバウムクーヘンを焼いたとされる | 14 |
| コルテス | 16世紀 | アステカでカカオに出会ったスペインの征服者 | 4 |
| コロンブス | 15〜16世紀 | 新大陸にサトウキビを運び、カカオ豆を見た | 1・4 |
| ダニエル・ペーター | 19世紀 | 練乳を使ってミルクチョコレートをつくった | 8 |
| ニコラ・ストレール | 18世紀 | パリ最古の菓子店を開いた | 7 |
| ネアルコス | 紀元前4世紀 | 「蜂がいなくても蜜を生む葦」を伝えた | 1 |
| ハリー・ベイカー | 20世紀 | シフォンケーキを考案した | 9 |
| ピエール・エルメ | 1961年〜 | 「パティスリー界のピカソ」と呼ばれる | 9 |
| ピエール・ラカン | 19世紀 | ビュッシュ・ド・ノエルのレシピを本に記した | 16 |
| ファン・ハウテン | 19世紀 | ココアの圧搾機を発明した | 8 |
| ブリア=サヴァラン | 1755〜1826年 | 『美味礼讃』を書いた美食家 | 7 |
| フランツ・ザッハー | 19世紀 | ザッハートルテの考案者と伝えられる | 6 |
| マリア・テレジア | 18世紀 | ハプスブルク家の女帝 | 6 |
| マリー・アントワネット | 1755〜1793年 | フランス王妃。多くの菓子伝説の主人公 | 6 |
| マルクグラーフ | 18世紀 | ビートから砂糖を取り出した | 7 |
| ミルトン・ハーシー | 19〜20世紀 | アメリカのチョコレート王 | 8 |
| ラ・ヴァレンヌ | 17世紀 | 『フランスの料理人』を書いた | 5 |
| ルイ9世 | 13世紀 | フランス王。その時代にパリのウーブリ職人の組合の規約が定められた | 3 |
| ロドルフ・リンツ | 19世紀 | コンチングでなめらかなチョコレートをつくった | 8 |
3-2. 日本の人物
| 人物 | 時代 | ひとことで | 章 |
|---|---|---|---|
| 江川太郎左衛門 | 江戸時代後期 | 兵糧パンを焼いた「パン祖」 | 14 |
| 永忠 | 平安時代 | 嵯峨天皇にお茶を差し上げた僧 | 11 |
| 栄西 | 1141〜1215年 | 『喫茶養生記』を書き、お茶の習慣を広めた | 11 |
| 円爾 | 鎌倉時代 | 酒饅頭を伝えたという話が残る禅僧 | 11 |
| 織田信長 | 戦国時代 | フロイスから金平糖を贈られた | 12 |
| 門倉國輝 | 大正〜昭和 | コロンバンを開いた洋菓子職人 | 14 |
| 鑑真 | 奈良時代 | 渡航の積荷に砂糖があったとされる高僧 | 10 |
| 木村安兵衛 | 明治時代 | あんぱんを生んだ木村屋の創業者 | 14 |
| 清少納言 | 平安時代 | 『枕草子』に甘葛のかき氷を書いた | 10 |
| 千利休 | 1522〜1591年 | 茶の湯を大成した | 11 |
| 田道間守 | 伝説の時代 | 非時香菓(橘)を持ち帰った菓祖神 | 10 |
| 徳川吉宗 | 江戸時代中期 | サトウキビの栽培を奨励した将軍 | 13 |
| 林浄因 | 南北朝時代 | 小豆あんの饅頭を伝えた菓祖神 | 11 |
| フロイス | 戦国時代 | 信長に金平糖を贈った宣教師 | 12 |
| 町田房蔵 | 明治時代 | 横浜で「あいすくりん」を売り出した | 14 |
| 美濃屋太郎左衛門 | 江戸時代前期 | 寒天を見つけたと伝わる伏見の宿の主人 | 13 |
| 向山周慶 | 江戸時代後期 | 讃岐で白い砂糖づくりに成功したとされる | 13 |
| 森永太一郎 | 明治〜昭和 | 2坪の工場から森永製菓を築いた | 14 |
| 山本新六 | 江戸時代中期 | 長命寺の桜餅を売り出した | 13 |
| 米津松造 | 明治時代 | 米津凮月堂を開き、西洋菓子をつくった | 14 |
4. 伝説と史実 早見表
この本では、各章の「伝説と史実」で、よく語られる話と、確かな記録からわかることを比べてきた。その中から、代表的なものを章ごとにまとめた。
| 章 | よく語られる話 | 史実からわかること |
|---|---|---|
| 1 | アレクサンドロス大王がサトウキビをヨーロッパに持ち帰った | 提督ネアルコスが「蜜を生む葦」を伝えた記録がある |
| 1 | 十字軍が砂糖をヨーロッパに初めて伝えた | それ以前から、アラブの広がりとともにシチリアやスペインへ伝わっていた |
| 2 | 人類は農耕を始めてからパンを焼くようになった | 最古のパンは、農耕より少なくとも4000年前の狩猟採集民のもの |
| 2 | 古代ローマにウーブリやドラジェがあった | どれも中世以降のフランス語の名前 |
| 3 | プレッツェルは610年に修道士がつくった | 伝説。確かな絵は12世紀の写本 |
| 4 | コルテスが1528年にカカオをスペインに持ち帰った | 記録に残る最初は1544年の献上 |
| 4 | チョコレートは最初から甘いお菓子だった | もとは苦い飲み物だった |
| 5 | カトリーヌ・ド・メディシスがシャーベットやマカロンを伝えた | 18〜19世紀に作られた話とされる |
| 5 | ヴァテールがクレーム・シャンティイを発明した | 「シャンティイ」の名は1755年から |
| 6 | マリー・アントワネットが「お菓子を食べればいい」と言った | ルソーが書いた話で、当時の彼女は子ども |
| 6 | クロワッサンは1683年のウィーン包囲で生まれた | 三日月形のパンは13世紀から。層の生地は20世紀 |
| 7 | カレームがピエス・モンテを考案した | 昔からあった技術を復活させ、体系化した |
| 7 | ナポレオンがテンサイ糖を発明した | マルクグラーフとアシャールの仕事を、ナポレオンが奨励した |
| 8 | フライ社が世界で初めて板チョコをつくった | それより前にカイエやムニエがつくっている |
| 9 | オペラはルノートルが考えた | ダロワイヨのガヴィヨン説もあり、元祖ははっきりしない |
| 9 | パブロバは1935年にオーストラリアで生まれた | ニュージーランドで1928〜1929年にレシピの記録 |
| 10 | 鑑真が日本に砂糖を伝えた | 砂糖を積んだのは失敗した渡航。確実なのは756年の正倉院の記録 |
| 10 | 煎餅は空海が唐から伝えた | 奈良時代の文書にすでに「煎餅」がある |
| 11 | 日本で初めてお茶を伝えたのは栄西 | 815年に永忠の記録がある |
| 11 | 羊羹には昔から小豆が使われていた | もとは中国の羊の肉の汁物 |
| 12 | カステラの名は「城のように泡立てる」から | カスティーリャ王国にちなむ説が有力 |
| 12 | カステラはポルトガルの菓子がそのまま伝わった | 四角い木枠や水飴などは日本の工夫 |
| 13 | 練羊羹は1807年に喜太郎が考えた | 1773年の日記にすでに「ねりやうかん」 |
| 13 | 1683年に幕府の記録で菓子と水菓子が区別された | そうした記録は確認できない |
| 14 | 宮中の晩餐会は1870年にフランス式になった | 確認できるのは1873年 |
| 14 | ショートケーキは1910年に不二家がつくった | 1910年は創業。ショートケーキは1922年ごろ |
| 15 | 技能検定は1975年に始まった | 1959年度に始まった |
| 15 | 戦後すぐに砂糖が自由に手に入った | 統制がなくなったのは1952年 |
| 16 | 嘉祥は848年に始まった | 伝承。確かなのは室町時代の武家の行事と江戸城の嘉祥頂戴 |
| 16 | 菱餅は昔から桃色・白・緑だった | 江戸時代は緑・白・緑が多かった |
5. この本の学び方
5-1. 三つの見方
この本を読み終えたら、次の三つの見方で、もう一度お菓子の歴史を振り返ってみてほしい。
| 見方 | 問いかけ | 関係の深い章 |
|---|---|---|
| 材料の旅 | 砂糖、カカオ、小麦、卵は、どこから来て、どう広まったか | 1・2・4・8・12・13 |
| 人と社会 | 宗教、戦争、革命、貿易は、お菓子をどう変えたか | 3・5・6・7・11・15 |
| 技術と科学 | 発酵、泡立て、結晶、冷凍は、どんなお菓子を生んだか | 2・8・9・12・13・14 |
5-2. 歴史を学ぶ意味
お菓子の歴史を学ぶと、目の前のひとつのお菓子の向こうに、何百年、何千年という人々の営みが見えてくる。カステラの泡立て、羊羹の練り、パンの発酵。今、私たちが実習で身につけている技術の一つひとつは、名前も残らなかった無数の職人たちが、失敗と工夫を重ねて受け継いできたものである。
また、「伝説と史実」を見分ける力は、菓子を売る仕事にも役立つ。お客様にお菓子の由来を伝えるとき、楽しい伝説は伝説として、確かな歴史は歴史として伝えることが、信頼につながる。
伝説と史実
よく語られるお話と、確かな記録からわかることを比べてみましょう。カードをタップすると、史実がめくれます。
🔮 よく語られる話「お菓子の名前の由来は、どれも有名人のエピソードから決まっている」
🔮 よく語られる話「歴史の古いお菓子ほど、昔から今と同じ形だった」
🔮 よく語られる話「砂糖は、昔からお菓子の材料だった」
🔮 よく語られる話「日本の洋菓子は、ヨーロッパの菓子をそのまま輸入したもの」
🔮 よく語られる話「元祖がはっきりしているお菓子のほうが多い」
製菓とのつながり
歴史が教えてくれる技術の意味
この本で学んだ歴史は、製菓の技術を学ぶうえでも大きな助けになる。
| 技術 | 歴史の中での始まり | 関係の深い章 |
|---|---|---|
| 発酵 | 古代エジプトの発酵パン、酒種のあんぱん | 2・14 |
| 卵の泡立て | 南蛮菓子のカステラ、スポンジ生地 | 12・14 |
| 砂糖の煮詰め | アラブのシロップ、有平糖、カラメル | 1・12 |
| 砂糖の結晶 | 金平糖、ドラジェ、和三盆 | 3・12・13 |
| チョコレートのテンパリング | 産業革命期の発明と20世紀の科学 | 8 |
| 冷却・冷凍 | 氷室とかき氷、氷菓、急速冷凍 | 5・9・10 |
| 寒天・ゲル化 | 寒天の発見と練羊羹 | 13 |
衛生の歴史
食べ物の安全を守る仕組みも、長い歴史の中でつくられてきた。中世のギルドの品質検査、戦後の人工甘味料の問題、1966年の製菓衛生師法、そして現代のHACCP。おいしいお菓子をつくることと、安全なお菓子をつくることは、いつの時代も、菓子職人にとってひとつのことであった。衛生の決まりについては、衛生法規や食品衛生学の本で詳しく学ぶことができる。
まとめ
お菓子の歴史は、約1万4400年前の平焼きパンと、野生の蜂蜜から始まった。
第一部では、甘味とパンの起源、中世ヨーロッパの修道院とギルドの菓子を学んだ。第二部では、大航海時代の砂糖とカカオ、イタリアからフランスへの菓子の流れ、ハプスブルク家とウィーン菓子、カレームと近代フランス菓子、産業革命のチョコレート、そして20世紀の洋菓子を学んだ。第三部では、菓祖神と唐菓子、茶の湯と点心、南蛮菓子、江戸の菓子、明治の洋菓子とパン、そして昭和から現代へと続く日本の菓子の物語を学んだ。第四部では、世界と日本の行事の菓子を学んだ。
その中で何度も出会ったのは、「砂糖はまず薬だった」こと、「有名人の伝説の多くはあとからつくられた」こと、そして「お菓子は国境と時代を越えて、形を変えながら受け継がれてきた」ことである。
目の前のひとつのお菓子には、長い長い旅の物語がつまっている。この本が、お菓子をつくる人、学ぶ人、そして食べる人にとって、その物語に耳を傾けるきっかけとなれば幸いである。
※ 本ページは『sweets note. 図書館』のお菓子の歴史 第17章です。製菓衛生師養成課程の科目「社会」のうち、菓子の歴史と文化にあたる内容を扱っています。

