お菓子の歴史 第16章:世界と日本の行事の菓子

第16章

お菓子の歴史 第四部 行事と菓子

世界と日本の行事の菓子

時代:古代〜現代(一年の暦をめぐって)

はじめに

お正月の花びら餅、ひな祭りの菱餅、こどもの日の柏餅、お月見の団子。クリスマスのシュトーレン、新年のガレット・デ・ロワ、イースターのたまご。

世界中どこでも、人々は、季節の節目や大切な行事に、特別なお菓子を用意してきた。それは、ただ甘くておいしいからではない。お菓子には、神様への感謝、家族の健康や子どもの成長への願い、豊かな実りへの祈り、そして、ともに祝う喜びがこめられている。

行事の菓子は、何百年、ときには千年以上も前から、形を変えながら受け継がれてきた。その一つひとつに、人々の暮らしと信仰と歴史が刻まれている。

この章では、これまで学んできた歴史をふまえながら、一年の暦にそって、日本と世界の行事の菓子を訪ねる。菓子店で働く人にとって、行事の菓子は、一年の仕事の大切な節目でもある。

1. 日本の行事と菓子

1-1. 節句とは

日本の行事の多くは、中国から伝わった暦の考え方がもとになっている。季節の変わり目の日を「節句」と呼び、とくに次の五つの節句(五節句)は、江戸時代に幕府の公式の祝日とされた。

五節句日付別名主な菓子・食べ物
人日(じんじつ)1月7日七草の節句七草がゆ
上巳(じょうし)3月3日桃の節句・ひな祭り菱餅、ひなあられ、草餅
端午(たんご)5月5日菖蒲の節句柏餅、ちまき
七夕(しちせき)7月7日星祭り索餅(そうめんの祖先とされる)
重陽(ちょうよう)9月9日菊の節句菊酒、栗ごはん

1-2. お正月 ― 花びら餅

お正月の和菓子として知られる「花びら餅」は、白い餅(または求肥)で、紅色の菱形の餅、甘く煮たごぼう、白みそのあんを包んだ菓子である。

そのもとは、平安時代の宮中の正月行事にあるとされる。宮中では、固いものを食べて長寿を願う「歯固めの儀」が行われ、白い丸い餅と紅色の菱形の餅を重ねた「菱葩(ひしはなびら)」が使われた。歯固めには、鮎(年魚)なども使われたが、江戸時代のはじめごろには、それがごぼうに変わったといわれる。

明治時代になると、茶道の裏千家の家元が、宮中の菱葩をもとにした菓子を、京都の老舗の菓子店につくらせ、新年最初の茶会「初釜」の菓子とした。これが今の「花びら餅」の始まりとされる。

1-3. ひな祭り ― 菱餅とひなあられ

3月3日の上巳の節句は、もとは中国の、水辺で身を清めて厄をはらう行事であった。日本では、平安時代の記録に、3月3日に草を使った草餅をつくる習わしが見られる。

遅くとも江戸時代には、ひな祭りの菓子として菱餅が使われるようになった。江戸時代の菱餅は、緑・白・緑の三段が多かったとされ、今のような桃色(赤)・白・緑の三色になったのは、それより後のことである。上方(京都・大坂)では「引千切(ひちぎり)」と呼ばれる餅菓子も配られた。

ひなあられは、関東では米を膨らませた甘いポン菓子のようなもの、関西ではもち米を揚げた塩味やしょうゆ味のあられが多いなど、地域によって違いがある。

1-4. 端午の節句 ― 柏餅とちまき

5月5日の端午の節句は、江戸時代に、男の子の成長を祝う行事として定着した。

ちまきは、平安時代の辞書『和名類聚抄』にも登場し、5月5日に食べるものと書かれている。もとは、真菰(まこも)の葉で米を包み、灰汁で煮たもので、甘くなかったとされる。中国では、紀元前の詩人屈原をしのんでちまきをつくるようになった、という話が伝わっている。

柏餅は、18世紀の半ばに江戸で生まれたとされる。柏の葉は、新しい芽が出るまで古い葉が落ちないことから、「家が絶えない」縁起のよい葉とされた。江戸時代の風俗を記した『守貞謾稿』によれば、京都・大坂では、男の子の最初の端午にはちまきを配り、2年目からは柏餅を贈ったが、江戸では最初の年から柏餅を贈ったという。今でも、関東では柏餅、関西ではちまきが多く食べられる傾向がある。なお、関西より西の地域では、柏の木が少なかったこともあり、サルトリイバラ(山帰来)の葉で包んだ餅も多い。

1-5. 嘉祥と和菓子の日

6月16日の「嘉祥(かじょう)」は、室町時代から江戸時代にかけて、さかんに行われた菓子の行事である。

室町時代の武家では、6月16日に弓の勝負をして、負けた人が、中国の宋のお金「嘉定通宝」16枚で食べ物を買い、勝った人にふるまったという。「嘉定」が「嘉祥」や「勝」に通じるとして、縁起のよい行事とされた。江戸時代には、6月16日に大名や旗本が江戸城に集まり、将軍から菓子をいただく「嘉祥頂戴」が、大切な儀式となった。饅頭、羊羹など8種類の菓子が、大広間にずらりと並べられたという。

嘉祥の始まりを、平安時代の848年、仁明天皇が16個の菓子を神前に供えたことに求める話もあるが、これは伝承である。明治時代に嘉祥の行事はすたれたが、1979年、全国和菓子協会は、6月16日を「和菓子の日」と定めた。

1-6. お月見 ― 月見団子

旧暦8月15日の夜の月を「中秋の名月」(十五夜)と呼び、すすきを飾り、団子や里芋などを供えて月を眺める。もともとは、秋の収穫に感謝する行事であったと考えられ、十五夜を「芋名月」と呼ぶ地域もある。

月見団子の形は、地域によって違う。関東では丸い団子をピラミッドのように積み上げることが多く、関西では、里芋の形に似せた細長い団子に、あんを巻くものも見られる。十五夜にちなんで15個供える、という習わしもある。

1-7. 秋から冬 ― ぼたもち・おはぎ、亥の子餅

春と秋の彼岸には、もち米をあんで包んだ「ぼたもち」「おはぎ」を、先祖に供える。春は牡丹の花にちなんで「ぼたもち」、秋は萩の花にちなんで「おはぎ」と呼ぶ、という説がよく知られている。小豆の赤い色には、魔除けの力があると考えられてきた。

亥の子餅は、旧暦10月の最初の亥の日に食べる餅である。もとは宮中の「玄猪(げんちょ)」という行事で、この日に餅を食べると病気にかからないとされた。いのししは子どもをたくさん産むことから、子孫繁栄の願いもこめられている。茶道では、この時期に炉を開く「炉開き」の菓子としても使われる。

1-8. 人生の節目の菓子

日本では、行事だけでなく、人生の節目にも菓子が使われる。

節目菓子内容
七五三千歳飴細く長い飴に、長生きの願いをこめる
お祝いごと紅白饅頭紅と白の組み合わせはおめでたい色
結婚・出産など赤飯、鶴亀の菓子小豆の赤、長寿の鶴と亀
仏事白い饅頭、落雁先祖への供え物

2. 世界の行事と菓子

2-1. 1月 ― ガレット・デ・ロワ

1月6日は、キリスト教で、東方の三博士が幼いイエスを訪ねたことを記念する「公現祭(エピファニー)」である。フランスでは、この日に「ガレット・デ・ロワ(王様のお菓子)」を食べる。

パイ生地に、アーモンドクリーム(フランジパーヌ)を詰めて焼いたもので、中には「フェーヴ」と呼ばれる小さな陶器の人形がひとつだけ隠されている。切り分けたときにフェーヴが当たった人は、その日の王様(または女王様)になり、紙の王冠をかぶって、みんなから祝福される。

フェーヴとは、もともとフランス語で「そら豆」のことである。昔は本物の豆を入れていたが、19世紀の後半ごろから、陶器の人形が使われるようになった。豆で王様を選ぶ風習は、古代ローマの冬の祭り「サトゥルナリア」にさかのぼるともいわれる。南フランスでは、パイではなく、果物の砂糖漬けを飾った輪の形のブリオッシュ「ガトー・デ・ロワ」が食べられる。

2-2. 2〜4月 ― パンケーキデーとイースター

キリスト教では、復活祭(イースター)の前の約40日間を「四旬節」と呼び、昔は肉や卵、乳製品などを控える期間とされていた。その前の日に、家に残った卵やバター、牛乳を使い切るために食べたのがパンケーキである。イギリスでは、この日を「パンケーキデー」と呼び、フライパンでパンケーキを返しながら走る「パンケーキレース」が行われる町もある。フランスでは、同じ時期の「マルディ・グラ(太った火曜日)」に、クレープや揚げ菓子のベニエを食べる。

イースターは、十字架にかけられたイエスが復活したことを祝う、春の大きなお祭りである。生命の誕生を表すたまごは、イースターの象徴であり、色をつけたゆでたまごや、たまご形のチョコレートが飾られ、贈られる。イギリスの「ホットクロスバン」(十字の模様のついたパン)、イタリアの鳩の形の菓子パン「コロンバ」も、イースターの菓子として知られている。

2-3. 秋 ― 中秋節とハロウィン

中国や台湾などでは、旧暦8月15日の中秋節に、満月のように丸い「月餅」を食べ、家族が集まって月を眺める。日本のお月見と同じ日である。月餅は、家族の団らん(円満)の象徴とされ、親しい人に贈り合う習慣がある。

10月31日のハロウィンは、古代ケルトの、秋の終わりと冬の始まりの祭りに由来するといわれる。子どもたちがおばけなどの仮装をして家々を回り、「トリック・オア・トリート(お菓子をくれないと、いたずらするぞ)」と言ってお菓子をもらう。この習慣は、とくにアメリカで広まり、日本でもかぼちゃのお菓子などが季節の定番となった。

2-4. 12月 ― クリスマスの菓子

クリスマスは、イエスの誕生を祝う行事である。ヨーロッパの国々には、それぞれのクリスマスの菓子がある。

国クリスマスの菓子内容
ドイツシュトーレン果物の砂糖漬けやナッツを入れ、粉砂糖をまぶした発酵菓子
フランスビュッシュ・ド・ノエル薪の形をしたロールケーキ
イタリアパネトーネドーム形の、ふんわりした発酵菓子
イギリスクリスマスプディングドライフルーツをたっぷり入れて蒸した菓子
日本いちごのショートケーキ戦後に広まった日本独自のクリスマスケーキ

シュトーレンの記録で確かなもっとも古いものは、1474年のドイツ・ドレスデンの文書とされる。当時は、キリスト教の決まりで、クリスマス前の期間にバターを使うことが禁じられていたため、小麦粉、酵母、水だけでつくる素朴なものであった。ザクセンの君主たちがローマ教皇にバターを使う許しを願い出て、1490年から1491年にかけて、「バター勅書」と呼ばれる教皇の手紙によって、まず君主の家族に、翌年にはドレスデンのパン職人にも、バターを使うことが認められた(第6章参照)。こうして、シュトーレンはバターをたっぷり使った豊かな菓子へと変わっていった。1730年には、ザクセン選帝侯アウグスト強王のために、約1.8トンもの巨大なシュトーレンが焼かれたという。

ビュッシュ・ド・ノエルは「クリスマスの薪」という意味である。ヨーロッパでは、昔、クリスマスに大きな薪を燃やして、一年の幸せを願う習わしがあった。その習わしがすたれたあと、19世紀の後半に、パリの菓子職人たちが、薪の形のケーキとしてよみがえらせたとされる。最初に出版されたレシピは、1890年の菓子職人ピエール・ラカンの本に見られる。

パネトーネは、イタリアのミラノの菓子である。「トーニという職人がつくったパン(パン・ディ・トーニ)」が名前の由来だという伝説があるが、確かな記録で確かめられるのは、1599年に、北イタリアのパヴィアの学校の帳簿に、クリスマスのためのパンの材料が記されていることである。今のような背の高いドーム形のパネトーネは、1919年に、ミラノの菓子職人アンジェロ・モッタが広めたものである。

3. 一年の行事の菓子カレンダー

月日本の行事と菓子世界の行事と菓子
1月お正月(花びら餅)公現祭(ガレット・デ・ロワ)
2月節分、バレンタインデー(チョコレート)パンケーキデー、マルディ・グラ(クレープ)
3月ひな祭り(菱餅・ひなあられ)、春の彼岸(ぼたもち)、ホワイトデーイースター(3〜4月、たまご、ホットクロスバン、コロンバ)
5月端午の節句(柏餅・ちまき)―
6月嘉祥・和菓子の日(6月16日)―
7月七夕(索餅・そうめん)―
9月十五夜(月見団子)、秋の彼岸(おはぎ)中秋節(月餅)
10月亥の子(亥の子餅)ハロウィン
11月七五三(千歳飴)―
12月クリスマス(ショートケーキ)クリスマス(シュトーレン、ビュッシュ・ド・ノエル、パネトーネ)

※ 十五夜、中秋節、彼岸、イースターなどは、年によって日付が変わる。

伝説と史実

よく語られるお話と、確かな記録からわかることを比べてみましょう。カードをタップすると、史実がめくれます。

🔮 よく語られる話「嘉祥は、848年に仁明天皇が16個の菓子を供えたことから始まった」
📜 史実ではこれは伝承である。確かな記録で確かめられるのは、室町時代に武家が、宋のお金「嘉定通宝」16枚で食べ物を買ってふるまった行事と、江戸時代の江戸城の「嘉祥頂戴」である。
🔮 よく語られる話「ひな祭りの菱餅は、昔から桃色・白・緑の三色だった」
📜 史実では江戸時代の菱餅は、緑・白・緑の三段が多かったとされる。桃色を加えた今の三色は、それより後に広まったものである。
🔮 よく語られる話「パネトーネは、トーニという職人がつくった『トーニのパン』から名づけられた」
📜 史実ではよく知られた伝説だが、確かな記録はない。確実な最古の記録は1599年のパヴィアの学校の帳簿。今のドーム形は1919年のモッタから。
🔮 よく語られる話「シュトーレンは、昔からバターたっぷりのぜいたくな菓子だった」
📜 史実では中世には、クリスマス前の期間にバターを使うことが禁じられ、小麦粉・酵母・水の素朴なものだった。1490〜1491年の教皇の「バター勅書」で、バターを使えるようになった。

製菓とのつながり

行事と菓子店の一年

菓子店にとって、行事は一年でもっとも忙しい時期である。クリスマス、バレンタインデー、ひな祭り、こどもの日。行事の菓子は、何週間も前から材料を準備し、計画的に製造する必要がある。たくさんの菓子を短い期間につくるときこそ、衛生管理と温度管理が大切になる。とくに、クリスマスケーキのような生クリームの菓子は、つくってからお客様の手に渡るまで、低温を保つことが欠かせない。

発酵菓子と保存

シュトーレンやパネトーネは、どちらも発酵菓子である。シュトーレンは、バターと砂糖、洋酒に漬けた果物をたっぷり使い、焼いたあとに溶かしバターをしみこませ、粉砂糖をまぶして表面をおおう。こうすることで乾燥を防ぎ、日持ちがよくなる。ドイツでは、クリスマスまでの4週間(アドベント)に、少しずつ切って食べ、日ごとに味がなじんでいくのを楽しむ。パネトーネは、何度も発酵させることで、ふんわりした食感と、長持ちする性質が生まれる。

葉で包む菓子

柏餅、ちまき、桜餅のように、葉で包む菓子は、葉の香りが移るだけでなく、乾燥を防ぎ、手を汚さずに食べられるという利点がある。葉は、使う前によく洗い、衛生的に扱う必要がある。季節の葉を使う和菓子は、日本の四季と結びついた、大切な食文化である。

まとめ

日本の行事の多くは、中国から伝わった暦の考え方がもとになっている。五節句のうち、上巳(3月3日)には菱餅や草餅、端午(5月5日)には柏餅とちまきが食べられる。江戸時代の菱餅は緑・白・緑が多く、柏餅は18世紀半ばに江戸で生まれ、京・大坂ではちまき、江戸では柏餅を贈った。

お正月の花びら餅は宮中の「菱葩」をもとに、明治時代に裏千家の初釜の菓子となった。6月16日の嘉祥は、室町時代の武家の行事や、江戸城の「嘉祥頂戴」として行われ、1979年に「和菓子の日」とされた(848年の起源は伝承)。十五夜の月見団子、彼岸のぼたもち・おはぎ、旧暦10月の亥の子餅など、季節ごとの菓子が受け継がれている。

世界では、1月6日の公現祭にガレット・デ・ロワ(フェーヴで王様を決める)、四旬節の前にパンケーキ、イースターにたまごや菓子パン、中秋節に月餅、クリスマスにシュトーレン(1474年の記録、1490〜1491年のバター勅書)、ビュッシュ・ド・ノエル(1890年のラカンのレシピ)、パネトーネ(1599年の記録、1919年にモッタがドーム形に)が食べられる。

行事の菓子には、神様への感謝と、家族の幸せへの願いがこめられている。次章は巻末として、この本で学んだお菓子の歴史を、年表と人物で振り返る。

※ 本ページは『sweets note. 図書館』のお菓子の歴史 第16章です。製菓衛生師養成課程の科目「社会」のうち、菓子の歴史と文化にあたる内容を扱っています。

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