食品衛生学 第一部 食品衛生の基礎
食品衛生学の基礎と食品安全行政
はじめに
菓子は、人の口に入るものである。どれほど美しく、どれほどおいしくても、食べた人が体をこわしてしまえば、その菓子には価値がない。食品が安全であることは、栄養やおいしさよりも先に求められる、すべての前提である。この「安全」を、微生物・化学物質・施設・人の手の動きにいたるまで、科学の目で守る方法を学ぶのが食品衛生学である。
製菓衛生師試験では、食品衛生学は全60問のうち11〜15問程度(多くの都道府県で12問、全体の約20%)を占め、製菓理論・実技に次いで出題数の多い科目である。出題の中心は、食中毒(原因となる細菌・ウイルス・自然毒・寄生虫と、その予防)、食品添加物、食品中の有害物質、洗浄・殺菌・消毒、HACCPによる衛生管理である。なかでも食中毒は、毎年かならず複数問が出題される。
本章では、食品衛生学を学ぶための土台として、「食品衛生とは何か」「食品の安全を脅かすものは何か」を整理し、食品の安全を守るための法律、リスク分析の考え方、そして国と地方の食品安全行政のしくみを学ぶ。
本書は、令和8年10月時点の法令・制度と、令和7年(2025年)の食中毒統計にもとづいて記述する。令和6年4月に食品の規格基準などの仕事が厚生労働省から消費者庁へ移り、令和7年4月には国の研究機関が統合されるなど、食品安全行政は近年大きく変わった。古い教材と答えが異なる箇所には、試験対策の欄で注意を記す。
1. 食品衛生とは何か
1-1. WHOによる食品衛生の定義
食品衛生の定義として、もっともよく引用されるのは、WHO(世界保健機関)の専門委員会が示したものである。
食品衛生とは、食品の生育、生産、製造から、最終的に人に消費されるまでのすべての段階において、食品の安全性、健全性、完全性を確保するために必要なあらゆる手段をいう。
この定義には、二つの大切な考え方がふくまれている。
- 対象は「すべての段階」である。 食品衛生は、工場や店の中だけの話ではない。畑で小麦が育つ段階、鶏が卵を産む段階から、食卓で人が口にする瞬間までが、すべて食品衛生の対象になる
- 守るものは「安全」だけではない。 有害でないこと(安全性)に加え、品質がそこなわれていないこと、食品として本来の状態が保たれていることも求められる
定義の三つの言葉は、日本語への訳し方が教材によって少しずつ異なる。意味を押さえておけば、どの訳でも対応できる。
| 原語 | 主な訳語 | 意味 |
|---|---|---|
| safety | 安全性 | 食べても健康を害さないこと。有害な微生物や化学物質を含まない |
| soundness | 健全性(有益性) | 腐敗や変質がなく、品質が保たれていること |
| wholesomeness | 完全性(健常性) | 食品として本来そなえるべき性質(栄養・風味など)が保たれていること |
1-2. 農場から食卓まで(フードチェーン)
食品が生産されてから消費されるまでの一連の流れを、フードチェーン(食品供給行程)という。「農場から食卓まで(Farm to Table)」という言葉で表されることも多い。
| 段階 | 菓子の材料でいうと | 主な危害の例 |
|---|---|---|
| 生産(一次生産) | 小麦の栽培、養鶏、酪農、果樹園 | 残留農薬、カビ毒、サルモネラ(鶏卵)、家畜の病気 |
| 加工・製造 | 製粉、殺菌乳の製造、菓子の製造 | 微生物の増殖、異物の混入、添加物の誤用 |
| 流通・販売 | 輸送、保管、店頭での陳列 | 温度管理の不備、包装の破損 |
| 調理・消費 | 店での提供、家庭での保存 | 二次汚染、保存温度の誤り、消費期限切れ |
フードチェーンのどこか一か所で安全が損なわれれば、その先の段階がどれほど注意しても取り返しがつかないことがある。たとえば、サルモネラに汚染された卵は、菓子店がどれほど清潔でも、加熱が足りなければ食中毒の原因になる。逆に、生産者がどれほど安全な卵を届けても、菓子店が常温に長く放置すれば菌は増える。食品の安全は、フードチェーンのすべての関係者がそれぞれの段階で責任を果たすことによって守られる。この考え方は、のちに学ぶ食品安全基本法の基本理念にも取り入れられている。
1-3. 食品衛生学で学ぶこと
本書では、食品衛生学を次の四つの部に分けて学ぶ。
| 部 | 内容 | 章 |
|---|---|---|
| 第一部 食品衛生の基礎 | 食品衛生の考え方と行政のしくみ、微生物の性質 | 第1章・第2章 |
| 第二部 食中毒 | 食中毒の全体像と予防、細菌・ウイルス・自然毒・寄生虫・化学物質による食中毒 | 第3〜8章 |
| 第三部 食品と化学物質 | 食品添加物の制度と用途、食品中の有害物質 | 第9〜11章 |
| 第四部 衛生管理 | 施設と人の衛生管理、洗浄・殺菌・消毒、HACCP | 第12〜14章 |
ほかの科目とは、次のように内容が重なる。重なる部分は、本書では「安全」の視点から要点を扱い、詳しい内容はそれぞれの本に案内する。
| 科目 | 中心となる問い | 食品衛生学との関係 |
|---|---|---|
| 食品衛生学 | 食品をどうすれば安全に保てるか | — |
| 衛生法規 | 食品の安全をどんな決まりで守るか | 食品衛生法・食品安全基本法の条文、営業許可、食品衛生責任者は衛生法規の本で扱う |
| 食品学 | 食品は何でできていて、どうふるまうか | 水分活性、食品の変質、保存の原理は食品学の本で扱う |
| 公衆衛生学 | 地域や社会の健康をどう守るか | 感染症、衛生動物、環境衛生が重なる(公衆衛生学の本を参照) |
| 栄養学 | 食べた成分が体の中でどう働くか | 消化吸収のしくみは栄養学の本で扱う |
2. 食品の安全を脅かすもの
2-1. 危害要因(ハザード)の三つの種類
食品に含まれ、健康に悪い影響を与えるおそれのある要因を危害要因(ハザード)という。危害要因は、その性質によって次の三つに分けられる。この分け方は、第14章で学ぶHACCPの基本にもなる。
| 種類 | 内容 | 主な例 |
|---|---|---|
| 生物学的危害要因 | 生きもの(またはその毒素)による危害 | 食中毒菌(サルモネラ、黄色ブドウ球菌など)、ウイルス(ノロウイルスなど)、寄生虫(アニサキスなど)、カビ |
| 化学的危害要因 | 化学物質による危害 | 自然毒(フグ毒、毒きのこなど)、カビ毒、残留農薬、洗剤の混入、有害金属、アレルゲン |
| 物理的危害要因 | 硬いものや鋭いものなど、異物による危害 | 金属片、ガラス片、硬いプラスチック片、石、骨 |
なお、毛髪や虫は、健康被害は小さくても「異物」として苦情の原因になる。教材によっては異物を「動物性・植物性・鉱物性」に分けて扱う(第11章参照)。アレルゲン(アレルギーの原因物質)は、多くの資料で化学的危害要因に含めて整理されている。
2-2. ハザードとリスクの違い
日常会話では混同されやすいが、食品安全の分野では「ハザード」と「リスク」を区別して使う。
| 用語 | 意味 | 例 |
|---|---|---|
| ハザード(危害要因) | 健康に悪影響を与える可能性をもつものそのもの | 卵の殻に付着したサルモネラ |
| リスク | そのハザードによって、健康への悪影響が起きる確率と、その影響の程度 | 加熱不足の卵料理を食べて、サルモネラ食中毒になる確率と重さ |
同じハザードでも、扱い方によってリスクは大きく変わる。サルモネラはハザードであるが、卵を十分に加熱すれば(第4章参照)、リスクはきわめて小さくなる。食品衛生の目的は、ハザードを「ゼロにする」ことではなく、リスクを許容できる程度まで下げることである。この考え方を体系化したものが、次節で学ぶリスク分析である。
2-3. 「ゼロリスク」はない
どのような食品にも、リスクがまったくないということはない。水や食塩でさえ、とりすぎれば健康を害する。食品の安全性は「安全か危険か」の二択ではなく、どのくらいの量を、どのくらいの頻度で食べると、どの程度の影響があるかという「量」の問題としてとらえる必要がある。添加物の一日摂取許容量(ADI、第9章参照)や、残留農薬の基準値(第11章参照)は、この考え方にもとづいて定められている。
3. 食品の安全を守る法律
食品の安全を守る法律の中心は、食品衛生法と食品安全基本法の二つである。条文の詳しい内容は衛生法規の本で扱うので、ここでは食品衛生学を学ぶうえで必要な要点を整理する。
3-1. 食品衛生法
食品衛生法は、昭和22年(1947年)に制定された、食品の衛生を守るための中心となる法律である。第1条で、目的を次のように定めている。
この法律は、食品の安全性の確保のために公衆衛生の見地から必要な規制その他の措置を講ずることにより、飲食に起因する衛生上の危害の発生を防止し、もつて国民の健康の保護を図ることを目的とする。
食品衛生法は、制定から何度も改正されてきた。食品衛生学の内容とかかわりの深い規定には、次のようなものがある。
| 規定の内容 | 本書で扱う章 |
|---|---|
| 腐敗した食品、有毒な物質を含む食品などの販売の禁止 | 第3章・第7章 |
| 食品・添加物の規格基準、添加物の指定制度 | 第9章・第10章 |
| 残留農薬等のポジティブリスト制度 | 第11章 |
| 器具・容器包装の規格基準とポジティブリスト制度 | 第11章 |
| HACCPに沿った衛生管理(平成30年改正、令和3年6月完全施行) | 第14章 |
| 食中毒の届出と調査 | 第3章 |
| 営業許可・営業届出、食品衛生責任者 | 衛生法規の食品衛生法の章を参照 |
また、食品衛生法では、食品を扱う事業者(食品等事業者)に対して、次のような責務を定めている。
- 食品の安全性を確保するために必要な知識と技術を身につけること
- 使用する原材料の安全性を確保すること
- 食品の仕入れ先・販売先などの記録を作成し、保存するよう努めること
- 必要な自主検査を行うこと
菓子店の経営者や製菓衛生師も、この「食品等事業者」にあたる。
3-2. 食品安全基本法
食品安全基本法は、平成15年(2003年)に制定された法律である。平成13年(2001年)に国内で初めてBSE(牛海綿状脳症)が確認されたことや、食品の偽装表示、輸入野菜の残留農薬などの問題が相次ぎ、食品の安全に対する国民の不安が高まったことがきっかけとなった。
食品安全基本法は、個々の食品を規制する法律ではなく、食品の安全性を確保するための施策を総合的に推進するための基本的な考え方を定めた法律である。その基本理念は次の三つである。
- 国民の健康の保護が最も重要であるという基本的認識のもとに、必要な措置を講じる
- 食品供給行程(フードチェーン)の各段階において、適切な措置を講じる
- 国際的な動向や国民の意見に配慮しつつ、科学的知見にもとづいて必要な措置を講じる
また、関係者それぞれの役割を次のように定めている。
| 関係者 | 責務・役割 |
|---|---|
| 国 | 食品の安全性の確保に関する施策を総合的に策定し、実施する |
| 地方公共団体 | 国との役割分担をふまえ、地域の状況に応じた施策を策定し、実施する |
| 食品関連事業者 | 食品の安全性を確保する第一義的な責任を有することを認識し、必要な措置を講じる。正確で適切な情報の提供に努める |
| 消費者 | 食品の安全性の確保に関する知識と理解を深め、施策について意見を表明するよう努める |
食品安全基本法によって、内閣府に食品安全委員会が設置され、次節で学ぶリスク分析の考え方が日本の食品安全行政に取り入れられた。
3-3. 二つの法律の違い
| 項目 | 食品衛生法 | 食品安全基本法 |
|---|---|---|
| 制定 | 昭和22年(1947年) | 平成15年(2003年) |
| 性格 | 具体的な規制を定める法律 | 基本的な考え方を定める基本法 |
| 目的のキーワード | 飲食に起因する衛生上の危害の発生を防止し、国民の健康の保護を図る | 食品の安全性の確保に関する施策を総合的に推進し、国民の健康の保護に寄与する |
| 主な内容 | 規格基準、添加物、営業許可、監視指導、食中毒の届出 | 基本理念、関係者の責務・役割、リスク分析、食品安全委員会 |
試験では、目的の条文を示して「どの法律か」を問う問題がよく出る。「飲食に起因する衛生上の危害の発生を防止」とあれば食品衛生法、「施策を総合的に推進」とあれば食品安全基本法と覚える。
3-4. そのほかの関係する法律
食品の安全には、ほかにも多くの法律がかかわっている。
| 法律 | 主な内容 |
|---|---|
| 食品表示法 | 食品の表示(原材料、添加物、アレルゲン、期限表示、栄養成分表示など)。衛生法規の食品表示法の章を参照 |
| と畜場法 | 牛・豚などのと畜と、その衛生的な処理 |
| 食鳥処理の事業の規制及び食鳥検査に関する法律(食鳥検査法) | 鶏などの食鳥の処理と検査 |
| 農薬取締法 | 農薬の登録と使用の基準 |
| 健康増進法 | 特別用途食品など |
| 感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(感染症法) | 経口感染症と、食品を扱う人の就業制限(第6章参照) |
4. リスク分析
4-1. リスク分析の三つの要素
リスク分析とは、食品を食べることによって健康に悪影響が生じるリスクについて、その発生を防止し、または低減するための考え方と手順の全体をいう。国際的な食品の基準づくりで採用されている枠組みで、日本では食品安全基本法によって導入された。
リスク分析は、次の三つの要素からなる。
| 要素 | 内容 | 主な担い手 |
|---|---|---|
| リスク評価 | 食品に含まれるハザードを摂取したとき、どのくらいの確率で、どの程度の健康への悪影響が起きるかを科学的に評価する | 食品安全委員会(内閣府) |
| リスク管理 | リスク評価の結果をふまえ、技術的な実行の可能性、費用と効果、国民の感情などを考慮して、規制や基準などの措置を決め、実施する | 消費者庁、厚生労働省、農林水産省など |
| リスクコミュニケーション | リスク分析の全過程において、消費者・事業者・行政・専門家などの関係者の間で、情報や意見を交換する | すべての関係者 |
4-2. リスク評価と食品安全委員会
リスク評価は、日本では食品健康影響評価とよばれ、内閣府に置かれた食品安全委員会が行う。食品安全委員会は、平成15年(2003年)に食品安全基本法にもとづいて設置された。委員は7名で、その下に、添加物、農薬、微生物・ウイルス、かび毒・自然毒などの分野ごとの専門調査会が置かれている。
リスク評価を行う機関(食品安全委員会)と、リスク管理を行う機関(消費者庁・厚生労働省・農林水産省など)を分けていることが、日本の食品安全行政の大きな特徴である。規制をする側が自分で評価をすると、規制のしやすさや業界の事情に評価が引きずられるおそれがある。評価と管理を分けることで、科学的な評価の中立性を保とうとしているのである。
食品安全委員会は、リスク管理機関から依頼を受けて評価を行うほか、必要と判断した場合には自ら評価を行うこともできる。評価の結果は、リスク管理機関に通知され、規格基準や添加物の一日摂取許容量(ADI)などを決める根拠になる(第9章参照)。
4-3. リスク管理
リスク管理は、リスク評価の結果をもとに、実際の規制や基準を決めて実施することである。食品の安全にかかわる行政機関が、それぞれの分野を担当している(次節参照)。リスク管理では、科学的な評価だけでなく、実行できるかどうか、費用に見合う効果があるかどうか、消費者や事業者がどう受けとめるかなども考慮される。
4-4. リスクコミュニケーション
リスクコミュニケーションは、リスク評価とリスク管理のすべての段階で、関係者が情報と意見を交換することである。行政から消費者へ一方的に「安全です」と説明することではなく、双方向のやりとりであることが大切である。意見交換会の開催、意見募集(パブリックコメント)、ホームページでの情報公開などの方法がとられる。
4-5. 国際的な基準づくり
食品は国境をこえて取り引きされるため、食品の安全の基準も国際的にそろえる必要がある。
| 組織 | 内容 |
|---|---|
| コーデックス委員会(Codex Alimentarius Commission) | FAO(国際連合食糧農業機関)とWHO(世界保健機関)が合同で設置した政府間組織。食品の国際基準(コーデックス規格)をつくる。HACCPのガイドラインもコーデックス委員会が示したもの |
| JECFA(FAO/WHO合同食品添加物専門家会議) | 食品添加物、汚染物質、動物用医薬品などの安全性を評価する |
| JMPR(FAO/WHO合同残留農薬専門家会議) | 残留農薬の安全性を評価する |
JECFAやJMPRは、国際的なリスク評価を担う専門家会議である。ただし、日本国内で使う基準のためのリスク評価は、食品安全委員会が行う。
5. 食品安全行政のしくみ
5-1. 国の行政機関の役割分担
食品の安全にかかわる国の仕事は、リスク評価とリスク管理に分けたうえで、さらに分野ごとに複数の行政機関が分担している。令和6年4月以降の分担は次のとおりである。
| 機関 | 主な役割 |
|---|---|
| 食品安全委員会(内閣府) | リスク評価(食品健康影響評価) |
| 消費者庁 | 食品・添加物・器具・容器包装の規格基準の策定、添加物の指定、残留農薬等の基準の策定(食品衛生基準審議会で審議)、食品表示 |
| 厚生労働省 | 食品の監視指導、HACCPなど衛生管理の基準、食中毒の調査と統計、輸入食品の監視(検疫所)、営業許可の基準 |
| 農林水産省 | 生産段階の安全(農薬の使用、飼料、動物用医薬品、家畜の衛生、植物の病害虫) |
| 環境省 | 環境汚染物質の対策(ダイオキシン類など) |
5-2. 令和6年4月の移管
令和6年(2024年)4月、それまで厚生労働省が担っていた食品衛生の仕事のうち、規格基準の策定などの「食品衛生基準行政」が消費者庁へ移管された。消費者の目線で食品の安全を守る体制を強めることがねらいである。
| 仕事 | 令和6年3月まで | 令和6年4月から |
|---|---|---|
| 食品・添加物などの規格基準の策定 | 厚生労働省(厚生労働大臣) | 消費者庁(内閣総理大臣) |
| 添加物の指定 | 厚生労働大臣 | 内閣総理大臣 |
| 規格基準を審議する審議会 | 薬事・食品衛生審議会 | 食品衛生基準審議会(消費者庁) |
| 監視指導、HACCPなど衛生管理の基準、食中毒の対応、輸入食品の監視 | 厚生労働省 | 厚生労働省(変わらない) |
厚生労働省に置かれていた薬事・食品衛生審議会は、食品衛生の基準を審議する役割が消費者庁の食品衛生基準審議会に移り、薬事審議会に改められた。古い教材や過去問では「添加物の指定は厚生労働大臣」「規格基準は薬事・食品衛生審議会の意見を聴いて定める」とされているので、注意が必要である(衛生法規の食品衛生法の章も参照)。
覚え方の目安としては、「基準をつくるのは消費者庁」「基準を守らせる(監視指導)のは厚生労働省と保健所」と整理するとよい。
5-3. 地方の行政機関
食品衛生の現場の仕事は、都道府県、保健所を設置する市(政令指定都市・中核市など)、特別区(東京23区)が担っている。これらをまとめて「都道府県等」とよぶ。
| 機関 | 主な役割 |
|---|---|
| 保健所 | 食品衛生の第一線の機関。営業許可の審査、施設への立入検査、食品の収去、営業者への指導、食中毒の調査、相談の受付 |
| 地方衛生研究所 | 都道府県等が設置する試験・研究機関。食中毒の原因物質の検査、収去した食品の試験検査、調査研究 |
| 食肉衛生検査所 | と畜場で、牛・豚などの検査を行う |
5-4. 食品衛生監視員
食品衛生監視員は、食品衛生法にもとづいて、食品衛生に関する監視と指導を行う公務員である。都道府県等の保健所などに置かれるほか、国の検疫所にも置かれ、輸入食品の監視を担当している。
食品衛生監視員の主な仕事は次のとおりである。
- 営業施設への立入検査(施設・設備や衛生管理の状況、記録などを確認する)
- 食品・添加物・器具・容器包装の収去(検査のために必要な最少量を、無償で持ち帰ること)
- 営業者への衛生上の指導
- 食中毒が発生したときの調査
- 営業許可の申請にともなう施設の確認
収去は「買い取る」のではなく、法律にもとづいて無償で行われる点に注意する。
このほか、都道府県等は、地域の食品衛生の向上のために、食品等事業者からの相談に応じたり助言したりする食品衛生推進員を委嘱することができる。食品衛生推進員は行政の職員ではなく、地域の事業者などから選ばれる民間の協力者である。
5-5. 監視指導の計画
監視指導は、思いつきで行われるのではなく、計画にもとづいて行われる。
| 計画 | 作成する者 | 内容 |
|---|---|---|
| 食品衛生に関する監視指導の実施に関する指針 | 国 | 監視指導の基本的な方向を示す |
| 都道府県等食品衛生監視指導計画 | 都道府県等(毎年度) | 地域の実情に応じて、重点的に監視する施設や食品、立入検査の回数などを定める |
| 輸入食品監視指導計画 | 国(毎年度) | 輸入食品の検査の計画を定める |
監視指導計画は、案の段階で公表して住民の意見を求め、結果も公表することになっている。ここにもリスクコミュニケーションの考え方が生かされている。
5-6. 輸入食品の監視
日本は、食料の多くを輸入にたよっている(食料自給率については食品学の本の食料の生産と消費の章を参照)。輸入食品の安全は、国(厚生労働省)が担当している。
- 販売や営業に使う目的で食品等を輸入する者は、厚生労働大臣に届け出なければならない。届出は、全国の空港や港にある検疫所に提出する
- 検疫所の食品衛生監視員が、届出の内容を審査する
- 必要に応じて検査を行う。検査には、国が計画的に行うモニタリング検査や、違反の可能性が高い食品について輸入者に検査を命じる検査命令などがある
- 問題がなければ輸入が認められ、違反があれば積み戻しや廃棄などの措置がとられる
製菓材料にも、輸入品は多い。チョコレートの原料のカカオ豆、ナッツ類、ドライフルーツ、香辛料などは、カビ毒(第11章参照)や残留農薬の検査の対象になることがある。
5-7. 国の研究機関
| 研究機関 | 主な役割 |
|---|---|
| 国立医薬品食品衛生研究所 | 食品、添加物、医薬品などの安全性や品質に関する試験・研究 |
| 国立健康危機管理研究機構(JIHS) | 令和7年(2025年)4月に、国立感染症研究所と国立国際医療研究センターが統合して発足。感染症などの健康危機に関する調査・研究・医療を一体的に担う。食中毒の原因となる微生物の研究も含まれる |
| 国立保健医療科学院 | 保健・医療・福祉の分野で働く人の養成と研修、調査研究 |
古い教材では「国立感染症研究所」の名で出てくるので、現在は統合されていることを覚えておく。
5-8. 食中毒が起きたときの流れ
食中毒が起きたときの対応の流れを、ここで大まかに確認しておく(詳しくは第3章参照)。
- 食中毒の患者、または食中毒の疑いがある患者を診断した医師は、直ちに最寄りの保健所長に届け出る
- 保健所は、患者の聞き取り、原因と考えられる施設の立入検査、食品や患者の便などの検査を行い、原因を調べる
- 保健所長は、都道府県知事等に報告し、都道府県知事等は厚生労働大臣に報告する(患者が多い場合などは直ちに報告)
- 原因施設が判明すると、営業停止などの行政処分が行われ、再発防止の指導が行われる
複数の都道府県にまたがって広がる食中毒に対応するため、平成30年の食品衛生法改正で、国と都道府県等が連携・協力する広域連携協議会のしくみが設けられた。
6. 食品衛生学を学ぶうえでの基本用語
以降の章で繰り返し使う用語を、ここで整理しておく。
| 用語 | 意味 |
|---|---|
| 危害要因(ハザード) | 健康に悪影響を与えるおそれのあるもの。生物学的・化学的・物理的の三つに分ける |
| リスク | ハザードによって健康への悪影響が起きる確率と、その程度 |
| 食中毒 | 飲食物を通じて体に入った有害な微生物や化学物質によって起こる健康被害(第3章) |
| 汚染 | 食品に有害な微生物や物質が付着・混入すること。一次汚染と二次汚染がある(第2章) |
| 規格基準 | 食品・添加物・器具・容器包装について、成分や製造・保存の方法などを定めた基準(第9章・第11章) |
| 収去 | 食品衛生監視員が、検査のために必要な最少量の食品などを無償で持ち帰ること |
| 衛生管理 | 施設・設備・人・作業の手順を通じて、食品の安全を保つための取り組み(第12〜14章) |
7. 製菓とのつながり
7-1. 菓子店は食品衛生の最前線
菓子店は、フードチェーンの中で「製造」と「販売」の両方を担い、ときには店内で「提供」も行う。原材料を仕入れて、加工し、包装して、客の手に渡すまでのほとんどの段階が、店の中で完結している。つまり菓子店は、食品衛生の最前線に立つ事業者である。
菓子店を開くには、保健所で菓子製造業の営業許可を受け、施設ごとに食品衛生責任者を置く必要がある(衛生法規の食品衛生法の章を参照)。また、令和3年6月からは、すべての食品等事業者にHACCPに沿った衛生管理が求められ、小規模な菓子店では業界団体の手引書にもとづく「HACCPの考え方を取り入れた衛生管理」を行う(第14章参照)。製菓衛生師の資格は、こうした衛生管理を担う人材として、菓子製造業に従事する人の資質を高めるためにある。
7-2. 菓子に多い危害要因
菓子には、食品衛生の上で注意の必要な特徴がいくつもある。
| 菓子の特徴 | 注意すべき危害要因 | 本書で扱う章 |
|---|---|---|
| 生クリーム、カスタードクリームなど、加熱後に手を加える工程が多い | 手指からの黄色ブドウ球菌、ノロウイルスによる汚染 | 第5章・第6章 |
| 卵を多く使い、メレンゲやムースなど加熱の弱い使い方もある | サルモネラ | 第4章 |
| 乳製品、果物、ナッツを使う | 微生物の増殖、カビ毒、アレルゲン | 第2章・第11章 |
| 色・香り・日もちのために添加物を使うことがある | 使用基準の違反、表示の誤り | 第9章・第10章 |
| 型・口金・ナイフ・金属のボウルなどの器具が多い | 金属片などの異物、器具からの二次汚染 | 第11〜13章 |
| 冷蔵ケースで販売する生菓子が多い | 温度管理の不備による微生物の増殖 | 第12章・第13章 |
洋菓子・和菓子・パンのいずれでも、「加熱して終わり」ではなく、加熱したあとに人の手が入る工程が多いことが、菓子の衛生管理の大きな特徴である。焼き上がったスポンジに生クリームをぬり、果物を飾る作業は、すべて加熱後の作業である。加熱によって菌を減らしても、そのあとに手指や器具から菌がつけば、加熱の効果は失われる。
7-3. 保健所は「相談相手」でもある
保健所や食品衛生監視員というと、立入検査や営業停止のように「取り締まる」イメージが強いかもしれない。しかし、保健所は営業許可の前の施設の相談、新しい商品の表示や保存方法の相談、衛生講習会の開催など、事業者を支える仕事も多く担っている。新しい商品を考えたとき、表示や保存温度に迷ったときは、早めに保健所に相談することが、結果として店と客の両方を守ることにつながる。
7-4. 記録が信頼をつくる
食品衛生法では、仕入れ先や販売先などの記録を作成し、保存するよう努めることが求められている。菓子店でいえば、原材料の仕入れ先とロット、冷蔵庫の温度、製造日、加熱の温度と時間などを記録しておくことにあたる。
記録は、問題が起きたときに原因をさかのぼって調べる手がかりになる。どの日に、どの材料で、どのように作ったかがわかれば、影響の範囲をしぼり、必要な回収を素早く行うことができる。記録のない店は、何かあったときに「何も問題はなかった」ことを示すこともできない。毎日の記録は、手間のかかる作業であるが、店の信頼を守る道具である。
試験対策:よくある間違いポイント
試験に出る文です。正しい文(○)と間違った文(×)がまざっています。選んでから答えを確かめてください。
Q1食品中に混入した金属片やガラス片は、物理的危害要因である
Q2食品安全基本法では、国民の健康の保護が最も重要であるという基本的認識のもとに、必要な措置を講じることを基本理念としている
Q3食品衛生監視員は、保健所にのみ置かれている
Q4令和6年4月の移管により、食品の監視指導やHACCPなど衛生管理の基準も、すべて消費者庁が担当するようになった
Q5WHOの定義では、食品衛生の対象は、食品の製造から販売までの段階である
Q6リスク分析は、リスク評価とリスク管理の二つの要素からなる
Q7アニサキスなどの寄生虫は、化学的危害要因に分類される
Q8令和6年4月から、食品の規格基準の策定は消費者庁が担当し、食品の監視指導は引き続き厚生労働省が担当している
Q9食品安全委員会は、リスク分析のうちリスク管理を担当する
Q10食品安全の分野では、ハザードとリスクは同じ意味で使われる
Q11現在、食品の規格基準は、薬事・食品衛生審議会の意見を聴いて定められる
Q12食品安全基本法では、消費者は食品の安全性の確保に関する知識と理解を深め、施策について意見を表明するよう努めることで、食品の安全性の確保に積極的な役割を果たすとされている
Q13食品衛生法は、飲食に起因する衛生上の危害の発生を防止し、国民の健康の保護を図ることを目的としている
Q14食品安全基本法の目的は、飲食に起因する衛生上の危害の発生を防止し、国民の健康の保護を図ることである
Q15国立感染症研究所は、現在も厚生労働省の研究機関として、独立して感染症の研究を行っている
Q16保健所は、営業施設の立入検査や食中毒の原因の調査を行う、食品衛生行政の第一線の機関である
Q17食品安全基本法では、食品関連事業者は食品の安全性を確保する第一義的な責任を有することを認識して、必要な措置を講じるとされている
Q18収去とは、食品衛生監視員が検査のために食品を有償で買い取ることである
Q19食中毒の患者を診断した医師は、24時間以内に都道府県知事に届け出なければならない
Q20リスクコミュニケーションは、行政機関と専門家の間だけで行われる情報交換である
Q21販売の目的で食品を輸入する者は、都道府県知事に届け出なければならない
Q22食品の表示に関する行政を主に担当しているのは、農林水産省である
Q23食品安全委員会は、厚生労働省に置かれている
Q24現在、食品添加物の指定は厚生労働大臣が行う
Q25農薬の使用基準など、生産段階の安全は主に農林水産省が担当している
Q26都道府県等は、毎年度、食品衛生監視指導計画を定める
Q27食品衛生法は平成15年に、食品安全基本法は昭和22年に制定された
Q28コーデックス委員会は、FAOとWHOが合同で設置した、食品の国際基準をつくる政府間組織である
まとめ
食品衛生とは、WHOの定義によれば、食品の生育・生産・製造から最終的に消費されるまでのすべての段階で、食品の安全性・健全性・完全性を確保するための手段である。食品の安全は、農場から食卓までのフードチェーンのすべての関係者が、それぞれの段階で責任を果たすことによって守られる。
食品の安全を脅かすものを危害要因(ハザード)といい、生物学的・化学的・物理的の三つに分ける。ハザードによって健康への悪影響が起きる確率と程度がリスクであり、食品衛生の目的は、リスクを許容できる程度まで下げることにある。
食品の安全を守る法律の中心は、食品衛生法(昭和22年)と食品安全基本法(平成15年)である。食品衛生法は「飲食に起因する衛生上の危害の発生を防止」する具体的な規制を定め、食品安全基本法は施策を総合的に推進する基本的な考え方と、リスク分析(リスク評価・リスク管理・リスクコミュニケーション)の枠組みを定めている。リスク評価は内閣府の食品安全委員会が、リスク管理は消費者庁・厚生労働省・農林水産省などが担う。
令和6年4月からは、規格基準の策定と添加物の指定が消費者庁(内閣総理大臣)に移り、審議会は食品衛生基準審議会となった。監視指導やHACCPなど衛生管理の基準、輸入食品の監視は、引き続き厚生労働省が担当する。現場で監視指導を行うのは保健所の食品衛生監視員であり、立入検査や無償の収去を行う。国立感染症研究所は、令和7年4月に国立健康危機管理研究機構(JIHS)へ統合された。
菓子は、加熱したあとに人の手が入る工程が多く、卵や乳製品を多く使う食品である。菓子店は食品衛生の最前線に立つ事業者であり、日々の衛生管理と記録が、客と店の信頼を守る。次章では、食品の安全を脅かす危害要因のうち、もっとも身近で、もっとも多くの食中毒の原因となる「微生物」について学ぶ。
※ 本書は、令和8年10月時点の法令・制度、令和7年の食中毒統計にもとづいています。

