栄養学 第一部 栄養素のはなし
栄養学の基礎
はじめに
私たちは毎日、何かを食べて生きている。食べたものは体の中で分解され、エネルギーになり、筋肉や骨や血液の材料になり、体の調子を整えるために使われる。この一連のはたらきを科学的に明らかにし、健康のためにどう食べればよいかを考える学問が栄養学である。
製菓衛生師試験では、栄養学は全体の約10%(60問中6問程度)を占める。出題の中心は、五大栄養素の働き、ビタミンとミネラルの欠乏症、消化酵素、食事摂取基準などで、正確な知識があれば確実に得点できる科目である。
本章では、栄養学を学ぶための土台として、「栄養」と「栄養素」の違い、五大栄養素とその働き、人の体が何でできているか、そして健康と栄養の関係を整理する。
本書は、令和7年度から使われている「日本人の食事摂取基準(2025年版)」にもとづいて記述する。2020年版から変わった数値や考え方がいくつかあるため、古い教材と答えが異なる箇所には、試験対策の欄で注意を記す。
1. 栄養と栄養素
1-1. 「栄養」と「栄養素」の違い
日常会話では「栄養がある食べ物」のように、この2つの言葉を区別せずに使うことが多い。しかし栄養学では、はっきり区別する。
| 用語 | 意味 | たとえると |
|---|---|---|
| 栄養 | 生物が外から物質を取り入れ、それを利用して体をつくり、生命活動を営み、不要なものを外に出す、一連のはたらき(現象) | 「料理をつくって食べる」という行為全体 |
| 栄養素 | 食物に含まれ、体内で利用される物質(成分) | 料理に使う一つひとつの材料 |
つまり、栄養は「はたらき」、栄養素は「物」である。「栄養素を摂取する」とはいうが、「栄養を摂取する」は厳密には正しくない。
1-2. 食べたものが体で使われるまで
食べものが体の中で使われるまでの流れは、次のようになる。
- 摂取:口から食べものを取り入れる
- 消化:食べものを、吸収できる小さな分子に分解する(第7章参照)
- 吸収:分解された栄養素を、小腸などから体内に取り込む(第7章参照)
- 代謝:取り込んだ栄養素を、エネルギーに変えたり、体の成分につくり変えたりする(第8章参照)
- 排泄:使い終わった不要なものを、尿・便・呼気・汗として体の外に出す
この流れ全体が「栄養」であり、その中で使われる物質が「栄養素」である。
2. 五大栄養素と三大栄養素
2-1. 五大栄養素
食物に含まれる栄養素は、大きく次の5つに分けられる。これを五大栄養素という。
| 栄養素 | 主なはたらき | 多く含む食品の例 |
|---|---|---|
| 炭水化物(糖質) | エネルギー源 | ご飯、パン、めん、いも、砂糖 |
| 脂質 | エネルギー源、体の構成成分 | 油、バター、肉の脂身 |
| たんぱく質 | 体の構成成分、エネルギー源 | 肉、魚、卵、大豆、牛乳 |
| ビタミン | 体の調子を整える | 野菜、果物、レバー |
| ミネラル(無機質) | 体の構成成分、体の調子を整える | 牛乳、小魚、海藻、野菜 |
2-2. 三大栄養素(エネルギー産生栄養素)
五大栄養素のうち、炭水化物・脂質・たんぱく質の3つは、体内でエネルギーを生み出すことができる。毎日比較的多くの量をとる必要があることから、三大栄養素と呼ばれる。食事摂取基準では、これをエネルギー産生栄養素と呼んでいる。
| 栄養素 | 1gあたりのエネルギー |
|---|---|
| 炭水化物(糖質) | 約4kcal |
| 脂質 | 約9kcal |
| たんぱく質 | 約4kcal |
ビタミンとミネラルは、必要な量はごくわずかで、エネルギーにはならない。
2-3. 水は栄養素か
水は体重の約60%を占め、生命の維持に欠かせない。しかし、一般に栄養素には数えない。水は五大栄養素とは別に、「生命維持に不可欠な物質」として扱われる(第6章参照)。
2-4. 食事摂取基準で扱う栄養素
厚生労働大臣が健康増進法にもとづいて定める「日本人の食事摂取基準(2025年版)」では、エネルギーのほか、34種類の栄養素について基準を定めている。たんぱく質、脂質(飽和脂肪酸、n-6系・n-3系脂肪酸を含む)、炭水化物(食物繊維を含む)、ビタミン13種類、ミネラル13種類などである(第12章参照)。
3. 栄養素の3つのはたらき
栄養素のはたらきは、大きく次の3つに分けられる。
| はたらき | 呼び方 | 主な栄養素 |
|---|---|---|
| エネルギー源になる | 熱量素 | 炭水化物(糖質)、脂質、たんぱく質 |
| 体をつくる | 構成素 | たんぱく質、脂質、ミネラル |
| 体の調子を整える | 調節素 | ビタミン、ミネラル |
一つの栄養素が、複数のはたらきを持つことがある。
- たんぱく質:筋肉や臓器をつくる(構成素)とともに、エネルギー源にもなる(熱量素)。酵素やホルモンとして体の調子を整えることもある
- 脂質:エネルギー源になる(熱量素)とともに、細胞膜やホルモンの材料になる(構成素)
- ミネラル:骨や歯をつくる(構成素)とともに、体液の濃さや筋肉・神経のはたらきを調節する(調節素)
一方、炭水化物(糖質)の主なはたらきはエネルギー源であり、体の構成成分としてのはたらきはわずかである。ビタミンはエネルギー源にも体の構成成分にもならず、主に調節素としてはたらく。
4. 人の体は何でできているか
4-1. 元素でみると
人の体は約60種類の元素からできているが、その大部分は、酸素・炭素・水素・窒素の4つの元素で占められている。この4つで体重の約96%になる。残りの約4%が、カルシウム、リン、カリウム、硫黄、ナトリウム、塩素、マグネシウム、鉄などのミネラルである。
4-2. 成分でみると
体を成分でみると、おおよそ次のようになる。
| 成分 | 体重に占める割合(成人の目安) |
|---|---|
| 水分 | 約60% |
| たんぱく質 | 約15〜20% |
| 脂質 | 約15〜20%(個人差が大きい) |
| ミネラル | 約5% |
| 糖質 | 1%未満 |
体の中で最も多い成分は水分である。糖質は、食事ではたくさんとるにもかかわらず、体の中にはわずかしかない。これは、とった糖質の多くがエネルギーとして使われ、余った分も主に脂肪に変えて蓄えられるためである。
4-3. 体の水分は年齢と性で変わる
| 対象 | 体重に占める水分の割合(目安) |
|---|---|
| 新生児 | 約75〜80% |
| 成人男性 | 約60% |
| 成人女性 | 約55% |
| 高齢者 | 約50% |
- 年齢とともに水分の割合は減る
- 女性は男性より脂肪組織が多く、脂肪組織は水分が少ないため、水分の割合は男性より低い
5. 代謝:体はいつも入れ替わっている
私たちの体は、一度できあがったら変わらないものではない。体の成分は、たえず分解され、食べものからとった栄養素を材料に、新しくつくり直されている。
| 用語 | 意味 | 例 |
|---|---|---|
| 異化 | 体の成分や栄養素を分解すること。このときエネルギーが取り出される | ブドウ糖を分解してエネルギーを得る、筋肉のたんぱく質を分解する |
| 同化 | 栄養素から体の成分を合成すること。このときエネルギーが使われる | アミノ酸から筋肉のたんぱく質をつくる、ブドウ糖からグリコーゲンをつくる |
| 代謝 | 異化と同化の全体 | ― |
成人では、異化と同化がほぼつり合っているため、見た目にはほとんど変化がない。成長期の子どもでは同化が上回り、体が大きくなる。病気や飢えのときには異化が上回り、体が痩せていく。
6. 健康と栄養
6-1. 健康とは
世界保健機関(WHO)は、1946年に採択したWHO憲章の中で、健康を次のように定義している。
健康とは、肉体的、精神的及び社会的に完全に良好な状態であり、単に疾病又は病弱の存在しないことではない。
体だけでなく、心や社会とのつながりも含めて健康ととらえている点が特徴である。また、日本国憲法第25条は、すべての国民に「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」を保障している。
6-2. 日本人の食生活の変化
第二次世界大戦後、日本人の食生活は大きく変わった。
- 米の消費が減り、肉・油脂・乳製品・加工食品が増えた(食の欧米化)
- エネルギーに占める脂質の割合が高まった
- その結果、栄養不足による病気は減った一方で、肥満、糖尿病、脂質異常症、高血圧などの生活習慣病が増えた(第10章参照)
6-3. 現代の栄養の課題
現代の日本では、「とりすぎ」と「足りない」が同時に起きている。
| とりすぎ | 足りない |
|---|---|
| 食塩、脂質(特に飽和脂肪酸)、エネルギー全体 | 野菜、果物、食物繊維、カルシウム |
| 成人男性の肥満 | 若い女性のやせ、高齢者の低栄養 |
たとえば、令和6年の国民健康・栄養調査では、食塩摂取量の平均値は1日9.6gで、国の目標(7g)を上回っている。一方、野菜摂取量の平均値は258.7gで、目標(350g)に届いていない(第12章参照)。
7. 日本の栄養学のあゆみ
日本の栄養学は、「脚気」という病気との闘いから大きく発展した。
| 年 | できごと |
|---|---|
| 明治時代 | 白米を主食とする都市部や軍隊で、手足のしびれやむくみ、心不全を起こす脚気が多発する。原因は長く分からなかった |
| 1884年頃 | 海軍軍医の高木兼寛が、食事を白米中心から麦飯や洋食を取り入れたものに改め、海軍の脚気を大きく減らす |
| 1910年 | 農芸化学者の鈴木梅太郎が、米ぬかから脚気を防ぐ成分を取り出す(のちに「オリザニン」と名づける。現在のビタミンB1) |
| 1914年 | 佐伯矩が栄養研究所を開設する。のちに国立栄養研究所(1920年)となり、栄養士の養成も始まる。佐伯矩は「日本の栄養学の父」と呼ばれる |
白米は精米の過程で、ビタミンB1を多く含むぬかや胚芽が取り除かれる。白米ばかりを食べ、おかずが少ない食事では、ビタミンB1が不足して脚気になる(第5章参照)。
8. 本書の歩き方
本書は、次の3つの部と総まとめで構成している。
| 部 | 章 | 内容 |
|---|---|---|
| 第一部 栄養素のはなし | 第1章〜第6章 | 五大栄養素と水の一つひとつについて、構造・はたらき・不足と過剰・多い食品・食事摂取基準を学ぶ |
| 第二部 からだの中のはなし | 第7章〜第9章 | 食べたものが消化・吸収され、エネルギーに変わり、ホルモンによって調節されるしくみを学ぶ |
| 第三部 食生活と健康のはなし | 第10章〜第12章 | 生活習慣病、年代ごとの栄養、食事摂取基準や食事バランスガイドなど、実際の食生活への生かし方を学ぶ |
| 巻末 | 第13章 | 試験の直前に見直すための総まとめ |
9. 製菓とのつながり
菓子の材料は、そのまま栄養素のかたまりである。
| 菓子の材料 | 主な栄養素 |
|---|---|
| 砂糖、小麦粉、米粉、でんぷん | 炭水化物(糖質) |
| バター、生クリーム、ショートニング、植物油 | 脂質 |
| 卵、牛乳、ゼラチン、大豆 | たんぱく質 |
| 果物、ナッツ | ビタミン、ミネラル、食物繊維 |
製菓理論では、これらの材料が「おいしい菓子をつくるために」どうはたらくかを学んだ。栄養学では、同じ材料が「食べた人の体の中で」どうはたらくかを学ぶ。たとえば、卵白のたんぱく質は泡立ちのもとになると同時に、体の中では筋肉の材料になる。両方を知っていることは、お客様に安心して食べてもらえる菓子をつくるための大きな力になる。
試験対策:よくある間違いポイント
試験に出る文です。正しい文(○)と間違った文(×)がまざっています。選んでから答えを確かめてください。
Q1脂質は1gあたり約4kcalのエネルギーを生み出す
Q2人体の成分で最も多いのは、たんぱく質である
Q3体の成分は、たえず分解(異化)と合成(同化)をくり返している
Q4鈴木梅太郎は、米ぬかから脚気を防ぐ成分を発見した
Q5エネルギー源になる栄養素は、炭水化物・脂質・たんぱく質である
Q6五大栄養素は、炭水化物・脂質・たんぱく質・ビタミン・ミネラルである
Q7人体の成分で最も多いのは水分で、成人では体重の約60%を占める
Q8成人の体重の約30%は水分である
Q9栄養素とは、食物を取り入れて体をつくり、生命活動を営む現象のことである
Q10ビタミンは1gあたり4kcalのエネルギーを生み出す
Q11脚気の原因は、ビタミンCの不足である
Q12戦後の日本では、食の欧米化により脂質の摂取が増え、生活習慣病が増加した
Q13たんぱく質は、体の構成成分になるとともに、エネルギー源にもなる
Q14女性は男性より体の水分の割合が高い
Q15人体を構成する元素は、カルシウム・リン・炭素・水素の4つで大部分を占める
Q16体の水分の割合は、年齢とともに増える
Q17WHOは、健康とは疾病や病弱が存在しない状態であると定義している
Q18糖質の主なはたらきは、体の構成成分になることである
Q19体の成分を分解することを同化、合成することを異化という
Q20ビタミンは、体の調子を整える調節素としてはたらく
Q21五大栄養素とは、炭水化物・脂質・たんぱく質・ビタミン・水である
Q22ミネラルは調節素としてはたらき、体の構成成分にはならない
Q23三大栄養素とは、炭水化物・たんぱく質・ビタミンである
まとめ
- 栄養は食物を取り入れて利用する「はたらき(現象)」、栄養素は食物に含まれる「物質」
- 五大栄養素=炭水化物(糖質)・脂質・たんぱく質・ビタミン・ミネラル。水は栄養素に数えない
- 三大栄養素(エネルギー産生栄養素)=炭水化物・脂質・たんぱく質。1gあたり4・9・4kcal
- 栄養素のはたらきは、エネルギー源(熱量素)・体をつくる(構成素)・体の調子を整える(調節素)の3つ。ビタミンはエネルギーにも体の成分にもならない
- 人体は酸素・炭素・水素・窒素で約96%。成分では水分が約60%で最も多く、糖質は1%未満
- 体の水分は年齢とともに減り、女性は男性より少ない
- 代謝=異化(分解)と同化(合成)のくり返し
- WHOの健康の定義は、肉体的・精神的・社会的に完全に良好な状態
- 現代の日本は、食塩・脂質のとりすぎと、野菜・食物繊維・カルシウムの不足、肥満とやせが同時に起きている
- 日本の栄養学は脚気との闘いから発展した(高木兼寛、鈴木梅太郎、佐伯矩)
- 食事摂取基準は2025年版(令和7年度から5年間)。ビタミン13種類、ミネラル13種類など34種類の栄養素の基準を定めている
※ 本書は「日本人の食事摂取基準(2025年版)」と令和8年(2026年)9月時点の情報にもとづいています。

